第百五十七話 宮守合戦

阿曽沼軍本隊 阿曽沼守親 *三人称です


「狼煙が上がったか」


「治部少輔殿は大丈夫でございましょうか」


「儂の弟だ。きっと立派に務めを果たす」


 守親が采配を振り上げ、全軍が臨戦態勢になる。永遠にも感じられる時を過ごし、日が少し傾いて来て、影が長くなり始めた頃に、甲冑の至る所に矢が刺さった守綱らが吉金を駆け抜けていく。

 その後ろに下卑た笑みをした足軽や騎馬武者たちがゆっくりと歩きながら追いかけてくる。


「敵はだいぶ逃げ込んでいるぞ!追え!追えぇ!」


 なんの疑いも見せずに守綱たちを追いかける斯波軍が阿曽沼軍の眼前を通り過ぎていく。


「殿!まだでございますか!」


「慌てるな!ここで慌てては勝てるものも勝てぬぞ」


「ぐぬぬ」


 そして遅れること半刻、ついに斯波の本隊と思しき指物を掲げた一団が吉金に入ってくる。


「来たぞ。もう少しだ」


 吉金の中ほどにかかったところで再度、采配を振り上げる。すると、それを合図に向かいの山に轟音と黒煙が上がる。

 何事かと足を止めた斯波の本隊に砲弾が落ち、数人が肉塊となり弾け、あるいは血溜まりに変わる。


「今だ!皆の者、一斉に射掛けよ!」


 足が止まった敵に矢の雨が降り注ぐ。そのほとんどは竹を斜めにしただけの石鏃すらない矢ではあるが雑兵を射抜くくらいは問題がない。狙わずただ射掛けるのみだが、狭い盆地に敵は密集しており適当に射っても当たる。さらに敵方は今までにない砲撃に、矢の嵐に対応できず次々と打倒されていく。


 さらに遠くからはパンパンと乾いた音が聞こえてくる。今まで聞いたこともない攻撃にさらされ恐慌状態に陥る足軽達が居ると思えば、聞いたこともない音に敵の馬が驚き、振り落とされる将、その馬に踏み潰される雑兵。さらに一目散に逃げようとするところを諫める将を突き刺す足軽たち。

まさに阿鼻叫喚と言っていいような地獄絵図が展開されていた。


「いまだ!狙うは斯波兵部大輔の首一つ!者共!続けぇッ!」


 皆あらかた矢を撃ち尽くすと守親がそう叫ぶ。塹壕の奥に繋いでいた馬に跨がり、未だ混乱収まらぬ敵の中へと駆け込んでいく。


「と、殿!お待ち下さい!」


 慌てて数人の武将が馬に跨がり後を追い、さらに足軽や農兵が続く。

守親が大槍を振り回せば数個の首が空に舞い、あっという間に馬に振り落とされた斯波詮高の側へと駆け寄る。


「我こそは阿曽沼家当主、阿曽沼左馬頭守親である!斯波兵部大輔殿とお見受けする!その首、この儂がもらい受ける!」


「何をほざくか!遠野の田舎侍などに負ける足利一門では無いわぁ!」


 そう言い抵抗するものの、近習が一人また一人と斃されていく。双方すでに槍が折れ、刀が折れ、所によっては徒手での戦闘になってきている。


「なかなかやるではないか。田舎侍と侮ったことは詫びようぞ」


「お褒めに預かり恐悦至極。しかし、当家に手を出した報いは受けてもらおう!」


 中程で折れた太刀を振り上げ、守親が斬りかかる。しかし疲れもあり踏み込みが甘かったところを斯波詮高の体当たりを受け倒される。


「惜しかったな!貴様の首はこの斯波兵部大輔が獲ってやろう!光栄に思え!……っぐはぁ!」


 斯波詮高が逆手に持った脇差しを振り下ろそうとしたその時、守親の近習である来内茂左衛門紀之の野太刀が詮高の左胸を背中から捉える。


「と、殿は、遠野は貴様らにはやらぬぞぉ!」


 野太刀が引き抜かれた胸から鮮血がほとばしり、斯波詮高が憤怒の表情で倒れ伏す。


「はあっ、はぁっ!斯波詮高が首級!この来内茂左衛門紀之が討ち取ったりぃぃぃ!」


 大将首が取られたことは瞬く間に両軍の全軍に伝わり、蜘蛛の子を散らす様に逃げ始める。しかしそこはホームグラウンドである。阿曽沼の領民で戦闘に参加できなかった老人たちからなる落ち武者狩りに遭いながら這う這うの体で領地へ逃げ帰る事となった。


「戦力を宮守館に集結させろ。状況を確認する」


 勝ち戦に疲れを忘れたかのように伝令の足軽が走って行く。

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