第百五十五話 合戦前には市が立っていたようです
長月二十九日
高水寺城と周辺に三千近い兵たちが集まっている。
近くの集落のものに加え商人や娼婦などがこの賑わいに集まり、さながら祭りの賑わいとなっている。この城下に集まった兵たちはもちろん、集まった商人たちも勝つことを確信しているものばかりである。旅の山伏たちを除いて。
「若様にはこの状況もつぶさに知らせるよう仰せつかっているが、商人はともかく遊女なんぞのことまで知りたいとはな」
「なにそろそろ元服が近いのだ、こういう情事にも興味を持ち始めるお歳だということだろう」
商人は遠く堺からのものも来ている。一方遊女は塩竈や久保田(現・秋田市周辺)など奥羽に流れてきた者たちがこの合戦の話を耳に挟みやってきたのだ。とはいえ金も食い物も無い者はもちろん買えないので強姦も横行する。ちなみに保安局の管理する遊女屋にも町民や足軽たちを相手にするもの、城に呼ばれるような高級芸妓などもいる。
「明日が出陣だからか、どこの飯屋も繁盛しておるな」
「そこでは喧嘩も始まったな。周りの奴らが賭けをはじめておる」
明日の出陣で死なずとも大怪我を負うかもしれないので皆、刹那的な娯楽に興じる。度々禁令が布告されてはいるが誰も守るものが居ない。その人混みの中に怪しげな集団を見かける。農民を装っているが、腕が異常に太く、姿勢が良すぎる。
「おい、みろあそこ、怪しい者共がおるぞ」
見れば百姓や町人とはまるで違う身のこなし方の一群がいる。
「ぬ?……あれは久慈信政か」
「知っているのか?」
「ああ、一度祈祷に呼ばれたからな」
「なぜこんな所にいるのだ」
「おおかた合戦見物であろう」
とはいえこのような情報を知らせぬ訳にはいかない為、一人が報告に向かう。
「では一心殿、久慈信政の見張りを頼む。某は急ぎ遠野へ報せに参る」
そう言うや一心と呼ばれた山伏は足早に高水寺城下を去って行く。
「さて儂は色街でもう少し偽情報を広めてこようかの」
鼻の下を伸ばしたもう一人の山伏は色街の喧噪に消えていった。
◇
宮守村宮守館
ここには遠野軍の主力が集結している。
宮守や達曽部の集落から逃れてきた者なども含めこちらも千を超す数である。ただし、半分くらいは普通の服に竹槍を持った程度だ。そんななか主だった武将たちの前に甲冑に烏帽子姿の父上が進み出る。
「明日はいよいよ戦である。敵は我らの数倍ではある。しかし、この地は我ら遠野のもの!これまで汗を流し、血を流し、万全を期した!天地人、何れの利も我らにある!早池峰の神は我らを必ず我らに味方するであろう。各々方!今宵は英気を養い、明日からの合戦に備えよ!」
父上の演説が終わり皆の士気が最高潮に達する。
「明日は日が昇る頃に皆が出陣か」
「若様はこちらで儂等と共にいていただきますぞ」
清之に釘を刺されるが、もちろん今の俺が前線に出て役に立つわけがないので大人しくしているつもりだ。しかしそんなに戦に行きたいように見えるだろうか。
「若様、こちらにおられましたか」
「おお、弥太郎か。首尾はどうだ?」
「大砲はしっかり隠蔽しております。今回は火薬の量をへらす代わりに、砲身を薄くし軽量化したのですが、山に持っていくのは骨が折れましたぞ」
吉金と粡町(あらまち)の境にほど近い山にに砲門を据え付けている。そんなことを話していると左近が近づいてくる。
「若様、面白い報せが入りました」
「ほう?どんなことだ」
「はっ。一つは久慈信政が高水寺の城下に現れました」
なんと、久慈が。そういえば先日誼を結びたいとか話が来たと父上が言っておったな。
「敵方につくのか?」
にわかには信じられないが、可能性としては一番高いだろうか。
「なんでも農民の格好をして様子を見に来たようです」
「農民の格好とな。戦をするつもりでも斯波に降りるという訳でもないようだが」
「戦見物かなにかでしょうか」
戦をみて当家が誼を結ぶに値するか見定めるのだろうか。意図がいまいちはっきりしないが、何れわかるだろう。
「それで、一つはということはまだあるのか?」
「はい。毒沢義政が当家への内応に応じる素振りを見せております」
これは良い報せだ。和賀一族に与する毒沢がこちらに応じるとは思ってもみないことだが、それさえも罠という可能性があるので気が抜けないな。
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