第百五十四話 阿曽沼征伐に対する周囲の反応

高水寺城


「出撃準備はどうなっておる?」


「滞りなく」


「阿曽沼めはどうしておる?」


「どうやらだいぶ調練しておるようです」


「数は?」


「どうやら四百程だとか」


「くくく、こちらは三千の兵。赤子の手を捻るようなものだな」


 斯波詮高が愉快そうに身体をゆらす。


「梁田中務、皆に触れを出せ。十日後に出陣ぞ」


「ははっ!」


 揃った者達も終始にこやかだ。


「殿!先陣は某が!」


「岩清水殿、抜け駆けはいけませぬ!我こそが先陣を!」


 諸々の将達が我こそはと主張する。通達を受けた各城の城主達のほとんども似たような反応であったが、何事にも例外はつきまとう。


 遠野領に隣接する領地を持つ毒沢義政は遠野の勢力についてもう少し正確に把握している。


「阿曽沼が四百しか出せぬと?」


「うむ、梁田中務殿が言うにはそのようで」


 しかしマタギに扮して遠野領を覗いたときにはとてもそんな少数ではないように見えたのだ。


「これは斯波様は負けるかもしれぬな」


「まさか。もう少し兵を集めたところで我らの数には遠く及びませぬ」


「数だけであればな」


「殿……?」


「浮田よ、天の時は地の利に如かず、地の利は人の和に如かずという」


「孟子ですな」


「うむ。確かに数は高水寺に利があるが、地の利は阿曽沼に有る。儂が見た限りでは、阿曽沼は将も民も一心となり待ち受けるようだ」


「殿は阿曽沼が勝つと?」


「わからぬ。しかしそう簡単には勝てぬだろう。ところでな、先だって阿曽沼から文が送られてきたのだ」


「どのような内容ですか?」


「うむ、此度の戦で内応してくれぬかとな」


「確かに我らが呼応すれば阿曽沼もかなり楽になるでしょうな」


「景気のいい阿曽沼に付くと言うのも悪くはない」


 応仁の乱以後、葛西を初めとして柏山や南部、稗貫、江刺などと絶え間なく戦が続き我らが和賀も頽勢してきている。


「儂は阿曽沼が勝ってもおかしくはないと思う。もし阿曽沼が不利ならばそのときは内応に応じなければ良いだけのこと」



久慈城


「ほう、遂に高水寺が動くか」


 もたらされた書には斯波が動くことが記されている。


「千徳を落として勢いに乗る阿曽沼ではありますが、流石に厳しいのでは」


「かもしれぬな。しかし千徳城で見たこともない武器を用いたという。もしかしたらもしかするかもしれぬぞ?」


「殿?」


「三上大和守よ、ここは戦見物にでも参らんか」


 久慈信政の言に三上大和守元勝が驚くが、すぐにニンマリと口元を歪める。


「そうですな。もしかしたらその新しい武器なんぞが見られるかもしれませぬな」


 斯波が動き出すまであと三日ほどと聞いたため急ぎ支度を整え、信政など数名が戦見物に旅立った。



寺池城


「斯波が動いたか」


「我らは動かなくて良いのでしょうか?」


「阿曽沼からは何も言ってきておらぬでな。それに石巻の動きが怪しいのではな」


 寺池葛西としては此度の戦は静観の構え。というよりも同族である石巻葛西の動きに不穏なところがある事が身動きをにぶらせている。


「奥州探題は動かぬので?」


「まさか斯波が阿曽沼ごときに負けるとは思っておらぬようだからな」


「それは、まあそうですな」


「まあ最近勢いに乗る阿曽沼だ。万一と言うことがあるやも知れぬ」


「もし阿曽沼が勝った場合はどうされるおつもりで?」


「嫡男がもう数年もすれば元服だったな」


「はっ。しかし年頃の娘はおられませぬが」


「嫡男には随分仲の良い娘が居るそうではないか」


 話しを聞いていた者達はいぶかしげな顔をする。


「その娘を儂の猶子にすれば良い」


 おお!その手があったかなど居並ぶ武将達が喝采を上げる。


「此度の戦で阿曽沼が勝ったならば遣いをやろう」

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