第百五十二話 迎え撃つ準備は続きます

宮守


「山にこんな壕を掘ってどうすんだべ?」


「なんでもこの壕を通って行き来するようにするんだとさ」


「はぁ。ここで敵の足止めをするんでねぇのか?」


「そこまでは俺にゃあわからんよ。殿様にでもきいてくれ」


 無駄口を叩きながらも、壕掘りがすでにはげ山となっている山肌にそって急ピッチに進んでいる。


「ところでよ、もし斯波の殿様を討ち取ったらどうなるんだ?」


「さあてなぁ、儂等のような下々にはわからん。それより、手を動かせ」


 こちらでは残土の運び出しに馬が用いられる。


「もっこだけでなく駄馬までだしてもらえるとはのぅ」


 かごに満載された残土が粛々と運び出されていく。少し屈めば隠れる程度の深さの壕が出来上がっていき、所々に百足梯子が置かれていく。


「こんなもんでいいのか?」


「それも俺らが気にすることじゃないだろう。偉い殿様がこれで良いと言うならこれで良いんだろうよ」


 吉金から関谷に抜ける谷(現代であれば宮守駅があるあたり)に塹壕が掘られていく。隠蔽のためところどころ木を残している。


「いやあしかし、普請で飯を出してもらえるとはなぁ」


「いや、全くだ。お陰で朝飯が浮く」


 やいのやいの言いながら作業が進んでいく。



鍋倉城 阿曽沼孫四郎


「左近、状況はどうか?」


「あちらに入れている者からの報せによると、どうやらかなり舐めておるようです」


「悔しいがここで言っても仕方が無い。その代償はきっちり払って貰うことになるがな」


 仕方ないことではあるがこれで当家が勝ったらかなり面白くなるな。負けたらどうしようね。


「若様、如何なされました?」


「いや、なんでもない。それより人夫に飯は行き渡っておるか?」


「今のところ遅滞なく。若様のご提案のおかげで人夫共も士気高く作業に当たっております」


 良いことだ。工賃に出せる金はないがせめて飯くらいは出してやらねば。


「父上らの様子はどうか?」


「それこそ毎日くたびれたご様子で城にお戻りになっているのをごらんになっているのでは?」


「うむ、それはそうなのだが、最近夜襲の訓練もしておるようでな、夕刻に出かけることもあるのだ」


「夜襲ですか。あまり夜目など鍛えられると我らの出番が減ってしまいますな」


 左近が冗談とも本心ともとれる発言をする。


「まあそういうな。そなたらは色々やって貰うことが多いからな」


 左近が苦笑いを浮かべるが、やってもらうことは多い。シークレットサービスみたいな要人警護とかな。


「それはそうと斯波以外の周辺の状況は?」


「まず葛西様は様子見のようで」


「大崎との関係もあるからな。仕方がない」


「九戸に集まっていた者共はこの機会に兵を休ませるようです」


「まあそれも仕方あるまい」


 春からこちら斯波や八戸との戦が続いていたようだったからな。南部の残党共も休むか。斯波も大差がないように思うが、南北から押されるというのは厳しいものがあるのだろう。


「ところで若様、まだ内密の話ではございますが」


 なんと久慈の家中では我らと誼を結ぶべきではないかという声がちらりほらりと出てきているという。


「その噂は真か?」


 流石に俄に信じることはできない。南部の残党共が流した囮情報ではないのか?


「わかりませぬ。しかし火のない所に煙は立たぬと申します故」


「わかった。もし真であればそれはありがたいことだからな」


 八戸に関しては冷害がひどく、戦どころではなくなりそうだという。


「葛西様の家中はどうなっておる?」


「千葉共の処分はかなり進んだようですが、代わりに石巻との軋轢が大きくなってきておるようです」


「そうか」


 他に大崎は名ばかりの奥州探題となってしまい、国人衆をまとめるのに四苦八苦しているそうだからこちらに手を出してくることもないだろう。


「ところで今回の戦がうまく行けば、すぐではないが雄勝郡や仙北を狙いたい」


「はは。小野寺や戸沢、安東にも忍ばせておきます」


「それと最上羽州探題にもな」


「羽州探題ですか。伊達大膳大夫(尚宗)の嫡男が最上を狙っていると聞いておりますが」


 そろそろ現れると思っていたが、まだ稙宗は出てきていないのか?しかし嫡男とやらは随分とやる気のようだな。もしこの嫡男が稙宗だとすると婚姻や養子で洞(うつろ)を形成し、東北を泥沼に引きずり込んだ天文の乱を起こすんだったな。やっぱ雪には申し訳ないが可能なら早めに逝ってもらいたい。


「伊達には幾人か送り込めるか?」


「すでに」


「よし、情勢の確認と、能うならば嫡男を殺せ。ただし、無理はするな」


「御意に」


 すぐには効果はないだろうけど、鉛入りの盃を贈るのも良いかもしれないな。

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