第百四十六話 千徳攻略戦(一戸サイド)
千徳城 一戸政明
「若様、阿曽沼らが開城を要求してきております」
「追い払え」
千徳城を守る一戸政明が嘆息しながら応じる。
「向こうは五百ほど用意してきたようだが、その程度でこの千徳城は落ちん」
「もう少しすれば稲刈りが始まります故、それまで耐えしのげば宜しいかと」
「そうだな。そうしたらまた奪いに行くか」
この時代は自力救済の時代。足りないものは買うか奪うか、尤も買うだけの資金がないので奪いに行くわけだ。
「それにあの大型船、あれは是非奪いたいな」
「誠に。あんな船は見たことも聞いたこともございません」
他に小舟を引き連れて先日宮古湾に入ってきた大型船に目を遣る。大きなその船は前後が長く、乾舷高く、背の高い帆桁がそびえている。
「それと、随分多くの馬を用意してきおったな」
「ここ数年、牧を随分と広げたと聞いております」
「景気の良い話だな」
「全くでございます」
一戸政明の頭に降伏の二文字がふと浮かんでくるが、慌てて振り払う。と言うのも父である一戸政英は九戸城に入り斯波や八戸との戦に明け暮れているため、この千徳城は孤立し援軍は絶望的だろうと心の片隅には思う。
とはいえ、政明もその部下達も遠野などに頭を下げる位なら討ち死にしてくれると言わんばかりであり、仮にいま降伏しようと言っても政明のクビが物理的に切り離されるかもしれない。
それに、この堅城をわずか五百程度の兵で落とせるものではない。というのも事実であり、秋まで耐えしのげばどうにでもなると言うのも事実であった。
「奴らはまだ攻めてこぬのか?」
「はは、なにやら作業をしている様ですが、こちらに攻めかかってくる様子はございません」
一体何の作業をしているのかと、政明が城下に目を遣るとなにやら棒状のものを荷車に乗せているようだ。馬などを使って運んでいるあたりかなりの重量である事がわかる。
「あれは破城槌か?」
「で、ありましょうか」
破城槌は城門破壊に有用であるが矢が降る中運用するため死傷率が高い。屋根付きのものもあるがそうなるとこの千徳城のような山城では運用出来なくなる。
しばらく眺めていると棒状のものをこちらに向け、将兵は物陰に隠れる。
「ん?一体何を?」
阿曽沼側の動きを訝しんでいると、棒状のものから火と黒煙に続き轟音がとどろく。
「うわっ!な、なんだ!」
火と煙と轟音が一緒に起きる武具など見たことも聞いたこともなく、一体何が起きたのか理解ができなかった。
「ど、どうやら、お、音で驚かす武具のようですな」
「う、うむ、こ、こけおどしか。者共!あのような音だけのこけおどしに怯むでないぞぉ!」
政明の声に、守備兵達は正気を取り戻す。しかしその数瞬後に再度轟音がとどろき、今度は城柵の一部が破壊される。
「な、なんだぁ!」
たまたま砲弾が当たった場所にいた兵の胴が砕け散っている。その様を見た周りの兵は腰を抜かしてしまった。三度目の轟音が聞こえた後は大手門が破壊され、兵達が本丸に逃げ込んでくる。その隙に乗じて遠野方の武将が短槍を振りかざしながら攻め上がってくる。
「い、いかん!皆のもの、落ち着けぇ!迎え撃てぇ!」
政明が大声で叱咤するが、混乱に陥った城内では声は届かない。城兵は既に戦意を喪失してしまった。
そうして政明はわずかな手勢で斬り捨てながら攻め上がってきた敵の武将に縄をうたれ、敵の本陣へと引きずり出されていくのであった。
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