第百四十五話 千徳攻め

宮古 大槌孫八郎


「おえぇ……」


「気持ち悪い……。船がこんなに揺れるとは思わなんだ……」


 殿を初めとして遠野の面々が皆船酔いでダウンしている。


「夏の穏やかな波でこれだけ酔われますか」


「おぇっ……大槌孫八郎、いや大槌得守よ……わしは海が初めてなのだ」


 それでなぜ船旅をしようと思われたのか。


「し、しかし、この船は素晴らしいな。やはり、山道を行くよりも随分と楽だ。……船酔いさえしなければ」


 全く締まらない。これから戦だというのに大丈夫だろうか。まあ十日ほど海の上にいれば嫌でも慣れるのだけど、

 そうそうそれと元服して得守という名前を貰った。父、得道と殿の守親から一文字ずつ、それで得守というなんとなく腹の減る名前になったわけだ。


 陸から鱒沢殿の率いる遠野軍の主力と小国殿率いる閉伊軍が到着しており、攻囲を始めている。守勢の千徳城は籠城の構えで、おそらくまもなく刈り取り時期になるので籠もっているつもりだろう。


「よし、では、工部大輔、そなたの、武具をおろし、我らも下船するぞ」


 殿が精一杯吐き気を抑えながら、指示を飛ばす。数人がかりでカッコに移し、揚陸する。


「帆桁を使って下ろせるのは助かるな」


 大槌までは馬に載せて来たわけだが、生憎と馬を船に乗せることはできなかった。代わりに既に展開している攻囲軍が馬を数頭連れてきて、荷車に乗せたその武具を運んでいく。

 大砲ができたとは聞いていないから鉄砲か、それとも大きな弩の類いか。敵の矢が届かないところに陣を敷き、荷物を組み立てる。


「大筒を作ってみたんだが試験前に戦になってな。折角なので実戦で試験させて貰おうと思う」


 何でも引き金とかが不要なのと砲身を肉厚にできるので鉄砲より製造が楽なのだとか。


「とはいえ全く試験しておらぬからな、どれくらいの火薬でどの程度飛ぶのか皆目見当もつかん。がっはっは!」


 ついでに命数もわからないと。


「ほぉ、それが工部大輔殿の新しい武具か。一体どういうものだ?」


 鱒沢殿が興味津々に聞いてくる。


「これはですな、先日お目にかけた鉄砲を大きくしたものです」


「なるほど。これで何を狙う?」


「城門ですな。破城槌に変わるものになるでしょう」


 鍛造で作り上げた一品ものだそうだ。口径は一寸半(約45mm)だという。千徳城からは矢も降ってきておらず、様子見の状況なのでのんびり準備ができる。


「ところで開城の使いなどは」


「うむ、既に出したが射かけられて門に近づくことすらできなんだ」


「では、早速試してみましょう。上手くいけば一発で城門を破壊できるやも知れません。とりあえずこれくらいの火薬で良いかな」


 砲弾に続いて砲身の形に成形した装薬を詰め込み、尾栓をしめる。


「前装式ではないので?」


「んー。前装式だと密閉されていて威力も射程も良いのですが、不発時が怖いので」


 そういうものなのか。


「さ、皆様離れてください」


 弥太郎殿も三重に置いた矢盾の裏に隠れて火縄に点火する。



ドォォォォン!


 轟音とともに砲口から火が噴く。しばらくすると門前に砲弾が落ちる。


「装薬が少なかったか」


 砲口を拭き取り、砲弾と装薬を詰める。今回は装薬包が二つになっている。


「もう一発行きます!皆さん隠れていてください!」


 再び轟音が鳴り、門から大きく外れて城壁の一部を崩す。


「うーむなかなか当てるのは難しいな」


 弥太郎殿がつぶやく。周りの者は驚いて腰を抜かしている。


「弥太郎殿、まだ撃てるか?」


「ひびは入っていませんからな、まだ撃てますぞ」


「ではもう一撃、お見舞いしてくだされ。そしたら俺が突入します!」


「初陣でそこまでせんでも良いのでは?」


「周りが皆腑抜けておるからな。ここで一番槍を得たら目立つだろう」


「そういうものですか?武士ではない拙者にはよくわかりませぬ」


 そう言いながらも砲身を清掃し、装弾、装薬していく。


「ではもう一度……これが三度目の正直だ!」


 轟音が鳴り響き、今度は見事に城門に命中する。


「よし!城門が崩れたぞ!手柄を立てたいものはこの大槌得守につづけぇ!」


 その言葉で我に返った狐崎など三十ほどの兵が城門に突入する。遅れて鱒沢守綱ら主力が突入するが、砲撃で戦意を喪った城は脆く、早々と一戸政明が縄をかけられ捕まっていた。その横にはどや顔で遠野軍を待ち受ける大槌得守の姿があった。


「はっはっは、弥太郎殿の大筒のおかげで初陣で一番槍に敵将捕縛の大手柄を得たぞ!」


 また今回の戦いに同行した田鎖党は改めて恭順する旨を阿曾沼守親に誓うのであった。

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