第百四十四話 千徳攻めの支度

遠野 阿曽沼孫四郎


 雪が落ち着いたようだったので、退室する。

 桑畑に行こうと思ったが、すっかりそういう気分ではなくなってしまった。色々と手を付けたいことはあれど、基礎的な工業力も学問もないのでどうにもならない。歯痒く思うがこればっかりは一朝一夕に成し遂げられるものではない。こういうときは学問に向き合うのがいいかと思い、研究所に足を向ける。


「ごめん、誰ぞおるか?」


 戸を開けるとちょうど小菊が土間に出てきていた。


「あら若様、いらっしゃいませ」


「小菊か。開元占経の翻訳はどうか?」


「はい、九章算術の翻訳をしたおかげで結構順調です」


 漢語文に随分と慣れたようで、結構なペースで和文に翻訳が進んでいるようだ。


「ところで弥太郎はどうした?」


「旦那様なら殿様について千徳に向かわれました」


 なんでも鉄砲の実戦における評価をしたいとかで父上についていってしまったらしい。蒸気機関の開発も進めているようだが、煮詰まっていたし気分転換を兼ねてといったところらしい。


 一郎は時計の改良に心血を注いでおり、俺が来たことに気がついていない。作業の邪魔になっても良くないので城に戻る。



大槌 大槌孫八郎


「今夏の蝦夷探索は中止か」


「代わりに宮古湾まで船を出すようにと殿様からのお達しです」


 狐崎玄蕃の声に小さく嘆息する。


「やむを得ないか」


「まあまあ、閉伊川には鮭があがりますし、そう悪いものでは無いと思いますぞ。それにそれにあわせて孫八郎様の元服の儀を執り行うと聞いております」


 元服か、そういえば父上が臣従したことで元服も初陣もまだだった。


「そういえばこれが初陣になるのか」


「そのとおりです!」


 突然狐崎が大きな声で応える。


「千徳城はなかなか堅固な城でございますが、数の利は我らにあります故、間違いなく落とせることでしょう」


 聞くところ千徳城は百ほどの守備兵が守っているそうだ。対してこちらは五百ほどなので無理をせずとも落とせるだろう。


「あまりのんびりしていると九戸の連中が来るのではないか?」


 我らにもっと余裕があればどっしり腰を据えた攻城、あるいは数に任せた攻城もできただろうけどそんな大身は北東北だとかつての南部くらいだそうだ。


「工部大輔殿が何やら新しい武具を持ってくるとのことですが、一体どんなものやら」


 弥太郎殿か。鉄砲の試作はできたと聞いている。持ってくるとしたら鉄砲か?攻城戦でどれほど効果があるかわからないけど、少し期待していよう。


「それよりも荷積みの進み具合はどうか?」


「滞りなく進んで、概ね九分ほど終えております」


「カッコはどうか?」


「それも幾ばくか用意しております」


 湾内だと帆船の機動力は櫂船に劣るからなぁ。このあたりは蒸気機関でもできなければ難しいな。上陸用にカッコを引き連れていくことになる。


「上陸戦専門の部隊もいつか作りたいな」


 機雷や沿岸砲台が整備されるまでなら活躍できるはず。俺は戦記に関して全くわからんがバイキングなんかは上陸戦しまくってたんだし多分間違いではないはずだ。

今回の戦いが終わったら若様に相談してみよう。

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