第百三十九話 予算は溶ける

遠野先端技術研究所 阿曽沼孫四郎


 研究所の扉を開ける。


「おーい、邪魔するぞー」


 声を掛けてみるが、だれも反応しない。仕方がないので勝手に入っていくと奥の扉を開けると一郎がなにか作業している。


「おおーい一郎やーい」


「おお、これは若様。お戻りでしたか。長旅お疲れ様でございます」


「うむ。そなたも息災そうで何より。ところでなにをしておったのだ?」


「ああ、これですか。クロノメーターの試作をしていたのです」


 振り子だと揺れに弱いので、振り子を使わないで時針を動かす必要があるとか。


「とりあえずぜんまいの試作してみるしかありませんが、できれば真鍮が欲しいです」


「なぜ真鍮なのだ?」


「耐腐食性に優れているのと、加工しやすいのです」


 なるほどな。真鍮というと、何が必要なんだっけか。


「真鍮を作るには銅と亜鉛を7:3くらいで混ぜればできます。もちろん使用用途で亜鉛の比率は変わりますが」


 銅も亜鉛もそうそう手に入らない。手に入らないこともないがいずれ銅鉱山も亜鉛鉱山もてにいれるまでは輸入品なので金がかかる。


「輸入するしか無いからな。蝦夷交易を増やせぬか孫八郎と相談せねばな」


「紙だけでは難しいですか?」


「それは新しい城と街作りと圃場整備に研究所の維持費で溶けてるんだ」


「……なるほどそれは失礼しました」


 研究所の維持はそれなりに金が掛かるが、それは必要な投資なので問題ない。すべての村に新しい農具が一揃え行き渡ったら有料にすることは通達しているが、それまでは利益が上がるものではない。

 焼き物も軌道にのりはじめたが、高値で売れるほどの上物はできていないし、煉瓦の合間に製造しているので大量生産できている訳でもない。

 真鍮が量産できれば蝦夷交易でも畿内向けでも高値で売買が可能だろう。


「ところで弥太郎はどこか?」


「弥太郎様なら奥の土間です」


 一郎が奥の扉を開けると弥太郎がノートとにらめっこしている。


「弥太郎様、若様が来られています」


「ん?あ、おお!若様お久しぶりです。いらしてたんですね」


「何してたんだ?」


 ノートにはびっちり何かが書き込まれている。


「ああ、これはですね、罐とシリンダーのデータを纏めているのです」


 計測器が無いのであまり精査できないが、作ったもののデータから類推しているようだ。


「やはり計測器が無いと高精度のものはなかなか作れませんね」


 弥太郎がノートを一瞥しため息をつく。細かい物を作るにはまだ道具が揃っていないようだ。


「計測器の開発も進めておいてくれればいいさ。ところで蒸気機関はどれくらいのことができるようになったんだ?」


「水車でできることなら大体何でもできます。シリンダー製造の過程でポンプは作りましたので揚水や排水は可能になります」


「排熱で給湯できるようにはできるか?」


「予算と時間をいただければ、やれますよ」


「今は予算が足りないから今後おいおい頼む」


「お任せください」


 これで銭湯に目処がたったか。蒸し風呂も悪くないけどやっぱり湯船に足を伸ばしてゆっくりつかりたいよね。

 春は桜の舞う花見風呂、夏は蝉しぐれ、秋は紅葉に冬は雪見。前世では社畜でぜんぜんできなかったから今生ではやりたいね。

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