第百三十八話 雪の心

浜田邸 阿曽沼孫四郎


「雪さんやーい」


「あ!若様ー!おかえりー!」


「ただいま」


 数ヶ月ぶりの再会だ。


「雪、少し背が伸びた?」


「んー、そうかも?」


 久しぶりに他愛ない会話を楽しみつつ、座敷に上がる。


「ねぇねぇ、京都はどうだった?」


「人は多かったね。着物も染め物が多くて華やかだったよ」


 あとは蒸し風呂の銭湯だとか御所の直ぐ側まで麦畑になっていたとか、度々放火があったり弓の撃ち合いをしたかと思えば公家も将軍家も謀略に明け暮れて民の生活まで手が回っていなかったことなどを話す。

 他に河原には浮浪者や白骨死体が寝泊まりし、死体が鴨川を泳いでいるなどなかなかの地獄絵図も見られた。


「楽しそうなのもあるけど、地獄ね」


「本当に地獄だったよ。この陸奥のほうがよほど極楽に近かったよ」


「そういえば何人か見慣れない人たちが一緒だったと思うけど?」


「あれは味噌職人と革職人を連れてきたんだよ」


「よく職人がこっちに来たわね」


「味噌職人は大宮様の伝手だね。革職人は被差別民だったようで、待遇を説明したら喜んで来てくれることになった」


 屠殺する関係上、穢に近い存在と忌み嫌われて居る存在だそうだ。有用なものを作ってくれる者たちにそのような態度は良くないと思うが、これがこの時代の常識のようだ。前世でも完全な解消には至ってなかったし仕方がないけど。


「それで、また京に行くことはあるの?」


「四条様からまた来るように、と念を押されたけどいつになるだろうね」


「ふぅん、ずいぶんと気に入られたようね」


「どうだろうね」


 ビジネスパートナーくらいになっていればいいな。


「それはそうと、若様、ね?」


「ね?ではわからんぞ」


 雪が可愛らしく手を伸ばしてくる。何が言いたいのかはわかるけどね。


「むー!若様のいけず!意地悪!」


「はっはっは。そうむくれるな。ほれ」


 懐から櫛を入れた懐紙を取り出す。


「わー。すてき!ありがとー!」


 安い露店で買ったとはとても言えない。こちらには腕のいい職人がいないからこの程度の安物でも希少価値があるのだが。



「んー」


 若様が研究所に行くといって、退室する。


「今の京都は地獄絵図かぁ」


 美味しいパン屋やケーキ屋も多くって前世で行ったわね。懐かしいな。京都旅行って言うと和菓子とか和食のイメージだったけど、ケーキやパンも美味しいと聞いていたら本当に美味しかったのよね。

 今の時代は味付けが塩か味噌かだし、お米は前世ほど美味しくないし、美味しいスイーツもないし。パンはレーズンができれば作れるようになるけど、バターが無いからなぁ。


「パンとかスイーツ、食べたいなぁ」


 それに若様が京都に行ってる間、私は一人ぼっちだったし。もちろん母様はいるけど転生者じゃないし、転生者でも研究所の二人は忙しそうだし、大槌さんは大槌にこもりっきりだし、気さくに話をしてくれる若様がいないと寂しかった。


「はぁぁ。顔は好みじゃないのにね」


 最初は生き残るために媚を売っただけのつもりだった。この時代で比較的安牌な嫁ぎ先が見つかったと内心ほくそ笑んでいたはずなのに……。

 ほんの数ヶ月、若様と顔をあわせられなかっただけで私の心はズタボロだった。


「捕まえたと思っていたのに、こっちがとっくに捕まっていたなんて、まるでチョロインね」


「ふふ、雪はすっかり恋する乙女ね」


「どぅわぁぁあ!かかか、母様!い、いつからそこに!」


「えーとねぇ、顔は好みじゃないってつぶやいたところかしら。物憂げな表情がとても可愛かったわ。若様はまだそういうのに気が向く年頃じゃないけれど、見てたら間違いなくイチコロだったわね」


 うわあああああ!そんな物憂げな乙女になってたのか私!だめだ恥ずかしすぎて死んじゃう。


「大丈夫よ。もしかしたら正室は無理かもしれないけど、側にはおいてくれるはずよ」


 え、あ、そっか……まだまだ小領主だけど三陸沿岸ではかなりの勢力になったし、四条家に挨拶にいったし、周りの大家が今後も放っておくことはないか。


「そんなに心配するなら若様を早めに元服させてもらって、すぐに祝言上げればいいのよ」


 そんなことできるんだろうか。


「も~、そんなに悩む前に行動よ!殿様に直談判しに行くわよ!」


 キョトンとする私の手を母様が掴み、横田城へと引かれていった。

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