第百三十七話 報告会
横田城 阿曽沼孫四郎
日が明けて、改めて父上に報告する。
「そうか、公方様はお会いしてくれなかったか」
「公方様や幕臣の皆様は京に渦巻く魑魅魍魎との争いが忙しいようでございます」
公方や幕臣自体が魑魅魍魎でもあるがな。
「それに大内は大内で朝敵になっていたとはな」
「はい、全く存じませんでした」
代わりに余った献上品を四条様を通じて公卿あたりにばら撒けただろうから、結果はまずまずと言ったところだろう。
「公方様に挨拶できなかったのは残念だが致し方ない。それよりもなぜ大宮様の御正室がこちらにいらしたのだ?」
「ほほほ、こちらの食べ物、べいこんといわはりましたか。これと腸詰めがほんまに美味でしてん。肉は臭いと聞いておりましたが、頂いたお肉は臭みも無く、びっくりしましてん。ほんで新しいお料理とかしてみとなりましたんで、童はんに無理言うて連れてきてもろたんです」
はんなりとした言葉使いで清子様がお答えなさる。
「阿曽沼殿、えらい世話掛けます。言うても聞かんかってん」
「ところで、この陸奥は夏やと言うのにえらい涼しいですなぁ。京の夏とは大違いやわ」
そう、朝になると濃い霧が立ち込めて気温が上がらない。ふだんもそんなに暑いわけではないが今年は肌寒いくらいだ。
「いえ、さすがに今年は異常でございます。おそらく米は碌に穫れぬものかと」
遂に来たか大冷害。そうだよな、京都から帰ってみれば春先に戻ったかのような気温だものな。
冷害に比較的強い亀の尾でも今年は大して穫れないだろうが、今年とれた稲からは対冷害性に優れた品種ができるかもしれない。更に冷却器が作れるようになれば恒温深水圃場で対冷害性の確認とより効率的な品種改良ができるのだが、後で弥太郎に相談してみよう。
今のところ食料備蓄はまずまずなのであとは蝦夷交易でどれくらい穀物を買ってこれるかだな。
それはそれとして京の土産も改めてもらわないとな。重苦しい空気を振り払うように話を切り出す。
「それでは、京の土産物をお目にかけましょう」
まずは反物。綿は高かったので麻のものだが。染め付けされており色鮮やかとなっている。
「まぁまぁ、素敵な反物!」
母上が喜色満面となり喜ぶ。他には櫛をいくつか。
「あらぁ、この櫛も素敵ね!」
……やりにくい。あとは酒だ。南都の旨酒がたまたま店にならんでいたので買ってきたものだ。何でも諸白を使って上品な味になっているらしい。お値段は勿論かなりの高級酒。干し鮭と交換で手に入れた。
「おお!畿内の酒か!これは良いものを買ってきたな!」
あとは味噌職人だ。
「この者は?」
「私めは京で味噌造りをしております、糠吉と申します。大宮様の命によりこの陸奥に参じました」
早速持参の味噌を使って味噌汁を作ってもらう。道中作ってもらいたかったが、味噌が少なかったので我慢した。
しばらくすると味噌のいい匂いが漂ってくる。
「これが、京の味噌か」
あれ、白くない。この時代西京味噌ってもしかして無かったのか?味噌自体は大変美味い。遠野の味噌とは味が異なる。
「これが京の味なのね」
めったに口にできない都会の味に母上がうっとりなさる。
「ところで三喜殿はどうした?」
「は、三喜殿は京で見込みの有りそうな者を見繕ってから帰ると言っておりましたので、未だ畿内に居るはずです」
医師が増えればいいな。この時代の有名な医者といえば曲直瀬道三か。もう生まれているのだろうか。曲直瀬道三でなくとも見込みがあるものなら誰でもいいけど
その後ようやく報告を終え、皆解散という運びになった。
「そうそう、殿、少しお話がありますのでよろしいでしょうか」
俺たち皆が部屋を出るやいなや母上の怜悧な声が響いた気がした。おそらく父上がまた清子様に見惚れていたのだろう。
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