第百三十五話 上洛 漆
四条邸 阿曽沼孫四郎
大宮様の邸についた翌日、四条様の使いが来て四条邸に赴くこととなった。
「お初にお目にかかります。陸奥は遠野の阿曽沼左馬頭守親が嫡男孫四郎でございます」
「ほう、そなたが遠野の神童か。葛屋から話は聞いておる。おもてを上げられよ」
恐る恐る顔を上げていく。なんでも直ぐに上げてはいけないマナーらしい。めんどくさい。
「ほぅほぅ。なかなか彫りの深い顔つきじゃな」
そんなに珍しい顔だろうか。しげしげと四条様が眺めてくる。ぼそりと「好みでは無い」という声が聞こえた気がした。もし好みだったらなんだったのか。ここは聞かぬが華というものだろう。
「それはそうと、四条様、我が領の土産をお持ちしました。大したものはございませぬが、お納めください」
「ほほう、それは殊勝な心がけやな」
葛籠(つづら)からまずは以前に贈った、一粒金胆をいくつか、それと干鮭と昆布を積み上げていく。
「この丸薬はえらい好評やったで。えらいすまんな。それにこの干し鮭と昆布はほんまこんなにもろてええんか?」
「もちろんでございます。四条様に献上するため持参いたしました」
こんなにと言うが蝦夷交易で得た量からすれば微々たるものでしか無いのだが。喜んでくれてるからヨシとしよう。
「ところで、そなたら獣肉を食らうそうじゃな。それはどこじゃ?」
「四条様もお召し上がりになるので?」
穢と忌み嫌われるはずの肉なので羽林家たる四条様への献上品には入れていなかったのだ。
「算博士に聞いたがの、随分と美味いそうやないか。帝の包丁を預かります、あてが味見せん訳にはいかんでおじゃる」
そういうものなの?京のマナーとかよくわからないけどそういうものなら仕方ないかな。葛屋に命じて大宮様の邸からベーコンとソーセージ、スモークチキン(雉肉)を持ってこさせる。
「ほうほう、これが燻製した肉でおじゃるか。このままでも食えるのか?」
「食べられなくは無いですが、炙ったほうがうまくなります」
「なるほどの。たそ、火鉢を持っておじゃれ」
「おまえさま、肉を召し上がるのですか?」
肉の匂いにつられたのか、四条様の正室である夕子様がお目見えになる。
「ほほぅ。うまそうな匂いじゃないか。夕子そなたも食わぬか?」
「ほにほに、されどお前さま肉食は穢につながると言うではないですか」
穢思想は結構根深い。もちろん薬食いなどあるから全く食わないわけではないが、延喜式で禁止されたがため五畜は食わなくなったそうだ。
「どうせ宮中に上がる仕事も最近はおじゃらん。なれば美味いものを喰って何が悪い」
正三位権大納言なのに宮中での仕事が無いとはどういうことなのかと聞けば、権職は名ばかりの官職名だという。実際の政治は公家から武家に移って久しいし、そんなものなのかもしれないな。
じっくりと炙って良い匂いが漂う。毒味もかねてまずは叔父上が箸をつける。
「うむ。今日も旨いな。ほれ、神童殿もこれは食べ頃だ」
「やはり旨いですね」
毒見役の俺たちが食べている姿に焦れたのか、四条様が俺の皿から肉を奪う。
「ほっほっほ。どれどれ。うむ!うまい!この細長いものも柔らかくて食べやすいの」
奥様も理性が食欲に負けたようで、スモークチキンを叔父上から受け取る。
「この燻した雉肉もなかなかやわ。さっぱりしとりますが味噌につけて食べれば丁度良い塩梅です」
その後しばらく肉を焼き、鮭を焼き堪能した後、四条様が聞いてくる。
「そなたらこのあとどうするのじゃ?」
「可能であれば公方様にお目通りしたく考えておりましたが、暇がないと袖にされてしまいました。ですのでこのあとは大内様の治める山口というところへ行ってみとう思っております」
奥州の田舎武家にわざわざ会うほど公方は暇ではないと門前払いを受けてしまったからな。それよりも大内の名を述べたところ四条様が難しい顔になったのが気になる。
「なにか、問題がございましたでしょうか」
「いやな、すでに赦されておるのだが、大内は先の将軍を抱え込んで上洛しようとした咎で朝敵と相成ってな。大内にはそちらから赴くのは止しておいたほうがええやろ」
そんな事があったのか。遠い西国の出来事であり陸奥では全く情報がなかった。
「となると若様、大内様に差し上げようと思っていた物が余ってしまいますぞ」
「どうしたものか」
流石に余り物だとか言って四条様に差し上げるのは無礼かな。
「室町殿も余裕が無いのぅ。で、室町殿への献上物はどないなものやったんや?」
蝦夷錦や砂金などを見せる。
「ふむ、これはまた立派なものやな。金まであるやないか。はぁ室町殿も見る目があらへんなあ」
「公方様にもお目通りが叶いませんので、これらのものは堺で売って米や牛馬でも持って帰ろうかと存じます」
これだけあれば結構な量の米や牛馬が手に入るだろう。そうすればまた遠野が富む。
「これこれ、話を急ぐでない。これはあてが預かります」
「献上するために持って参りましたので勿論、四条様へお譲りするのは全く問題ございませんが、よろしいのですか?」
「ほっほっほ。その方らの話をこの土産物をつこて公家連中にしときます。公家の中で噂になれば公方といえどおいそれと袖にはできんやろ」
正直なところ足利将軍には興味は無いが一応武家なので礼儀として挨拶を試みただけだ。公家連中にも良い印象は無いが、名前が売れるのはありがたい。
「四条様のお心遣いに感謝申し上げます」
四条様もにっこり、俺もまあにっこり。これからも良い関係を築いていきたいものだね。
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