第百三十四話 上洛 陸

大宮邸 阿曽沼孫四郎


「それはそうと、そなたらに紹介しておこう。息子の伊春(これはる)や」


「従五位下左大史伊春や。普段は父が世話になっとるようで、えらいすまんなぁ」


 丁寧に挨拶をされる。あまり嫌みな感じもないけど京都のひとってもっとそうニヒリズムな言動じゃないのだな。


「ははっ。とんでもございません。官務様にはこちらこそ大変お世話になっております」


「ほほほ。それに食事も良いようで、こちらに居たときよりも随分と血色が良うなっとりますわ。父上、陸奥で一体なにを召し上がっておられたんでしょう?」


「んむ。向こうは米が少ないでな、代わりに魚や獣肉を喰っておるのだ」


 大宮様の言葉に伊春様が飛び上がる。


「なんと!仏の教えを無視されるのですか?」


「何を今更。山門の奴らも山鯨だとか牡丹だとか兎は鳥だとか言って獣肉を喰っておるではないか」


 なんだ比叡山も肉食してるんだ。なんでも薬食いとか言うらしいが。


「それより若殿よ、このわからず屋にそなたの燻製肉を食わせてやってくれんか。わしも食いたいんや」


 ということで下人が持ってこきた火鉢でベーコンとソーセージを炙っていく。ふつふつと脂が浮きでてうまそうな香りがあたりに充満する。


「おまえさま、随分とええ匂いがしてきよるけど一体何ですの?」


「おお清子か。陸奥から持ってきた肉を焼いておるのだ。」


「まあ!肉だなんて穢らわしい!」


「でもうまそうだろう?」


「う、それは、その……」


 大宮様が奥方様と言い合いになりかけているので、割って入る。


「奥方様にはこちらの雉の燻製をお出ししましょう」


「ほぁぁ、いい匂いじゃ。鳥なら四つ足ではあらへんから食べても罰はあたらんやろうけど」


「でもうまそうじゃろ。ほほ。そちらはいい塩梅のようじゃな。少し切ってたもれ」


 言われるがままにベーコンを切って渡す。ソーセージには醤油を塗って更に香ばしさを足してみる。


「ほほほ。実に滋味にあふれる。美味いぞ。清子も伊春も食わんでよいのか?」


「ぐ、ぬぬ。父上だけを咎人にするわけにはいかぬ。わ、私も喰らおう」


 よだれを拭いながら伊春様が醤油を塗ったソーセージを口に含む。


「んんんん!美味いな!穢のくせに!美味いやないか!」


「そ、そんなに。こ、これは薬、薬でございます。ん?さっぱりというかパサパサしていますね。美味しいですけど。伊春やそちらの肉をよこしなさい!んんん!美味しい!」


 スモークチキン美味いけどな。まあ脂が落ちるからソーセージやベーコンにはかなわないかもしれない。美味さは穢思想なんぞを吹き飛ばす。前世でも豚肉が食えない宗教の人たちだってとんかつ美味いって喰ってたし。


「これをそなたは毎日?」


「いやいや流石に毎日は食えぬ」


「わかりました。私も陸奥に下向します。おまえさまだけこんな美味しいものを食べていたなんて許せません」


 とはいえ陸奥に帰るのはこれから四条様に会って、もし可能なら将軍に挨拶して、更に可能なら大内に挨拶してからだから早くて数カ月後だと話したら、なら直ぐにでも京を発つから準備しろと大宮様の尻を叩き始めた。


 折角なので京味噌を作れるものを引き連れて頂くようお願いしたらあっさり了承頂いた。これで西京焼きが作れるようになるな。むふふ。

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