第百二十四話 蝦夷地上陸

蝦夷地 大槌孫八郎


 数隻のカッコで河を登りはじめてしばらくすると小さな、十軒ほどがあつまった集落を見つける。しばらくすると見慣れない我らを見つけたためか村人達がわらわらと出てくる。


「四十程か」


「孫八郎様どうされますか?」


「先ほど言ったとおりだ。こちらからは手を出すな」


 岸にカッコを置き、数人をカッコの守りに残す。


「葛屋」


「はっ」


「反物をだせ」


「承知しました」


 反物を桐箱から取り出し、かざす。

 こちらに敵意が無いと判断したのか、それとも襲うためか男達が石槍を持ってこちらに近づいてくる。


 ゴクリ…短い時間なのにものすごく長く感じる。


 ある程度近付いてくると、集団の中で長老とおぼしきものが隣の若い男に二言三言話をし、若い男が一歩前に出てくる。


「オマエタチ、ワジン、カ」


 なんと言葉の通じる者がいたか。


「そうだ。この近くに来たので挨拶に伺った。我が名を大槌孫八郎と申す」


 なるべく威圧的にならぬよう、優しく話す。若い男が長老にまた話しをし、こちらをむく。


「オマエタチ、カキザキ、カ」


 蠣崎氏との関係を言っているのか?


「違う。我らは阿曽沼という」


「アソヌマ?」


「そうだ。蠣崎とは関係が無い」


 むしろ近い将来敵対関係になるかもしれん相手だな。再度長老に話しをしたかと思うと、


「ツイテコイ、ハナシ、スル」


 どうやらここで殺されることはないようだ。村の外で数人を待機させ、俺と葛屋で長老の家とおぼしき大きな建物に入る。


 家、といっても熊笹を束ねて壁としているようだ。先ほど出した反物を始め、脇差しや弓を差し出す。女性達は反物をみるや眼を輝かせている。男性陣は脇差しや弓に興味を持っているようだ。


「これは我が領からの贈り物です」


 長老も含めなかなか反応がいい。


「チョウロウ、オマエタチ、キニイッタ」


 その後もいくつか話しをし、ここがベッチャロというコタン(集落)で長老はエカシトンプイという名で、通訳をしているのはホヌマというそうだ。そこの大きな河はトカプ・ウシ・イというそうだ。鮭がよく捕れるようで、こちらの贈り物に対して同じ重さの鮭を頂いた。

 また来ることを約束し、カッコに乗り込む。


「マタコイ」


「ありがとう」


 今度来るときは通訳にできるよう誰か残せる人物を連れてこよう。


「こんなにようけ鮭の干物が手に入るとは幸先がようございましたな」


「うむ。幸い我らの言葉を解する者が居ったから、争いにならずにすんだ」


「次もこう上手くいけば良いのですが」


 そうだな、上手く行けばいいが、そう甘くも無いだろうな。船に戻り、夜が明けるのを待って碇を上げ、出発する。


「帆を張れ!進路艮!」


「よーそろー!進路ー、艮!」


 トカプ川か…もしかして十勝川かな。河口も広いし、湖沼が多いので湊にもなろう。

 航海日誌には十勝川の河口、半里ほどのとこにベッチャロなる集落を見つけたことを記録し次は前世でいう釧路を目指し船を進める。



 一日ほど船を進めると鈎型に岬が海に突き出しているのが見える。


「潮を避けるのに良さそうな岬があるな。あのあたりに船を着けろ」


「よーそろー」


「右方に岩場があるぞ!」


 前世で何度か来た釧路の街並みは勿論その影すら無い。そもそも周囲は岬部分を除けば湿地帯のように見える。


「なんだか住むには難しそうな土地ですねぇ。人なんぞ居るんでしょうか?」


「そこの岬なら人が居るかもしれん。用心しておけ」


 それにしても見渡す限り見事な湿原だな。今のうちに海岸部など一部を除いて保護区にしてもらうよう帰ったら具申しよう。


「それにしてもすごい数の鶴ですな」


「あれは丹頂鶴か」


「時折みかけたのはここからやってきたものでしょうか?」


「さてな。まあ見た目は良いが肉は不味いから喰う気にならんが」


「ですな」


 そんなとりとめの無いことを話していると碇が降りる。


「河口だな」


「まあ岬に近付けば岩場になっていそうですから」


 カッコをおろし、河口にはいる。


「孫八郎様、砦が見えます」


「ふむ、すこし離れた岸に上がるぞ」


 川岸にほど近いところに小高くなった砦のようなものが見える。弓の届かない場所にカッコつけ、上陸する。

 笹藪をかき分け、しばらくして小さな集落にでた。向こうもこちらを認識していたようで何人かがこちらに近づいてくる。

 何を言っているかわからないが敵意は感じない。このあたりまで来ると和人地まで行く者も居ないのか、ベッチャロにいた通訳になりそうな者もいない。とりあえず身振り手振りでコンタクトをとり、贈り物をする。


 反物に櫛などの装飾品、刀や弓や槍に馬を三頭。米も1俵贈り、酒の小樽を一つを持ち込み宴会する。灰持ちの甘ったるい赤酒だがこちらには無いようでたいそう喜んでくれる。

 半舷ずつ上陸させ休憩を取らせつつ、翌日から濃霧に包まれてしまい出港できなくなったため数日世話になる。


「ようやく晴れたか」


「これで船が出せますな」


 前世でもそうだったがこの釧路は春先から初夏にかけて濃霧が頻繁に出る。こういう霧の晴れた日は貴重なので急いで出港準備を行う。


「では、世話になった」


 向こうの酋長と握手をし、別れることになったのだが・


「あのーすいません孫八郎様」


「どうした?」


「あっしここに残っても良いでしょうか?」


「構わんが、残ってどうする?」


「こちらの言葉を覚えるのと、我らの言葉を教えておこうかと思います」


 酒盛りの場で随分意気投合していた奴で、名は確か春雄とか言ったな。これからも何度も来る予定も入植する予定もあるので問題はない。


「わかった。そなたの家族には良く言っておく。身体を大事にな」


「ははっ。ありがとうございます」


 春雄を残し帰路につく。



 帰りもまずまず良い航海であった。今回は春先にも関わらず比較的落ち着いた海洋気象だった。次もこうならいいんだがな。大槌城に戻り、父上に挨拶をすませ、身体を陸地に慣らしたところで遠野へ報告に向かう。


「父上も一緒に来られるのですか?」


「ああ、旨そうなものをそなたが持って居るからな」


「これは殿に献上するものでございますが」


「その後に喰うだろう?それに昨日聞いたものより詳しい話も聞けそうだ」


 昨日も簡単に父上に申し上げたが、明日には報告書と航海日誌を携えて横田城に登城する。なので今日は釧路ほどでは無いが濃霧が立ちこめる朝のうちに大槌を出るわけだ。

 勿論葛屋も一緒に登城する。荷については贈り物と同じ重さの鮭や毛皮などを貰ってきたため、遠野商会の丁稚達がうんうん背負って付いてくる。


「今後蝦夷地との交易が進めばこう背負って上り下りは不便だな」


 独り言をつぶやくと父上が聞いていたようだ。


「ふむ、鍋倉城の造築がまもなく終わるから、いくらか人を差し向けてくれるよう頼んでみよう」

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る