第百二十三話 航海支援システムは素晴らしい

三陸沖 大槌孫八郎


「なんだ結局孫八郎様が指揮を執られるのですな」


「うむ、若様に名代として行けと言われては仕方在るまい」


「その割には機嫌が良いじゃ無いですか」


「そりゃそうだ!船で遠くまで行けるんだ!嬉しくないはずが無い!」


「まったく、侍にしておくのが勿体ねぇ方だな」


「ははは、まあ海にでて機嫌良くならんで湊の管理者にはなれんからな」


 話しをしているのは副官の波平。元は漁師で普段はこいつが指揮を執っている。


「しかし、阿曽沼の若様もいい人だな。最初の船を俺たちの土地の名にしてくれるなんて」


 少なからず士気が高まったように思う。やはり土地に因んだ船名は良いな。


「で、孫八郎様、進路はこのままでいいんで?」


 そろそろ大槌湾を抜ける。この大槌湾は湾口が北東に開いている。


「うむ。進路このままだ。いまどれくらいの速さか!?」


 航海長から伝令が走る。


「だいたい、二刻で五海里ってどこですね」


「よし、速度このまま!概ね百海里進んだところで進路を真北に取るぞ」


「がってん!」


 海里については海の距離の測定基準が無かったので、勝手に前世で使っていた海里を使用することにした。

 一海里は赤道上の緯度一分に相当するわけだが、確か一海里でだいたい千間、里に治すと半里くらいになったはず。ちょうど切りの良い換算だったのでなんとなく覚えていた。山葡萄の蔓で作った縄をだいたい百間分用意して板を均等につけて流し、速度を測る。ピトー管なんてないから前世の感覚で言えば途方もない誤差だが、まあなんとかなるだろう。死ななければどこかにたどり着くさ。


 大槌から北東にまっすぐだと親潮に押されるのでなかなかスピードが出ない。風はまだ冬の風でなかなか寒い。方位磁針自体の制作は簡単で、針が赤熱するまで加熱すればとりあえず進路を指し示してくれる。こいつで簡単な進路を確認し、夜に晴れていたら北極星、この時代なら北辰か。簡易な四分儀で確認し位置を破断する。

 前世のGPSは勿論、実習船でたたき込まれたロラン局からの無線航法というのもこうやって見ると実に便利な代物だなと実感する。


そうこうしているうちに夜になる。


「よし、今日の当直番は」


「あっしでございます」


「夜の間はこのまま艮(北東)の方角を維持してくれ」


「承知です」


 数日の航海になる予定なので三時(6時間)毎に当直を交代していく。


「こういうときに時計があると正確に時間配分してやれるんだがな」


 不定時法だとこういうときに公平性が保てないからな。時計は一郎が作っているようだがもうすぐと言いつつなかなか完成しないもんだね。航海日誌をつけて休息を取る。船が増えれば船長も多く必要になるから養成機関も作らねばな。金はかかるが蝦夷貿易の利益で十分元は取れるだろう。


「まあ若様のこったから、鉱物資源のほうが興味あるんだろうがな」


 夜が明け、雨戸の隙間から差し込む日差しに目を覚ます。


「今日もいい天気だな。寄港するまでこのままなら良いのだが」


 船長室に作らせた神棚に手を合わせ、航海の無事を祈る。


「うっし!どれくらい進んだろうか」


 朝食の握り飯と味噌汁を流し込みながら、当直番にどれだけ縄が流れたか確認する。


「むぐむぐ……出港してからだいたい百海里ですね」


「ふむ、順調だな。よし、進路を真北にとれ」


「よーそろー。とりかーじ!」


 ぐぐーっとゆっくり進路を北に移す。


「舵!もどせー!」


 北に進路を取ると残念ながら向かい風のようで、押し戻される。


「あらら、しかたない。一刻ごとに艮と乾に切りあげながら進むことにしよう。風向きは引き続き確り見張っていてくれ」


 ビーティングは大変だが仕方がない。切り上げ時には役に立たない横帆のトップセイルをたたみ、じぐざぐと舵を切り、帆の向きを変え変え、ゆっくりと北に進んでいくと四日目の昼頃には左手に陸地が見えた。


「おおーい!陸が見えるぞー!」


「おお!遂に蝦夷ヶ島か!」


 左手から前方にかけて急峻な山々が見えるのでおそらくは前世でいうところの十勝だろう。一体が鬱蒼とした森のようで人影は見えない。


「孫八郎様ー!川が見えまーす!」


 湿地帯の中を流れる太い川があるとのことで座礁に気をつけつつ、近づくよう命じる。


「いよいよ、蝦夷上陸だ。皆油断はするな!ただし!村を見つけても乱妨は許さん!いいな!」


 大事な商売相手になりうるので乱妨取りしないよう厳重に言いつけ、カッコ(小舟)を用意させ陸に向かう。

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