第百二十二話 蝦夷への旅立ち

大槌湊 阿曽沼孫四郎


「そこにある大きな船が新しい船か」


「前檣のトップセイルだけが帆布で他は今まで通り筵帆です」


「早くすべて帆布にしたいな」


「帆布も改良が必要ではございますが」


 塩竈までいった船の帆が思った以上に傷んでいるらしい。これでは長期航海のために大量の帆が必要になりかねないと。帆の修理方法の検討は追々やっていくそうだ。技術開発なども必要だが、新しい織り方についての研究までは流石に弥太郎に押し付けるわけにはいかん。


「大槌や釜石で学に興味を持って居る者は?」


「おそらくおるでしょうが、何をなさるので?」


「船の研究だ」


「船の?」


「そう、造船に帆布に航海術。貴様は航海術を識っておるが、他の者共にも必要だ。造船と帆布の製造、修理は言わずもがな」


 船体と帆布の改良に航海術の習得。効率的かつ安全に航海ができるようにしてほしいのと、帆布の改良と量産の為の工夫だな。まあ弥太郎が飛び杼の研究すると言ってたが、鉄砲の改良と釜の改良だとかなんか言ってたから進んでいなさそうだ。


「最優先にしてほしいのは航海術の改善だ。ついで帆布、装甲艦の順だ」


「承知しました。希望を述べますと、長期航海に伴う健康状態の変化を管理できる者、要は船医が欲しいです」


「むー医師はすぐには手当できんが、検討しよう」


「長期航海には必須ですので、何卒お願いいたしまする」


 船医か、たしかに必要かもしれないがそもそも我が領に医師と言えるのは三喜殿と守儀叔父上だけだ。最近は人だけでなく牛馬に兎、犬も鳥もなんでも解剖するようになって、すっかり血の匂いが濃くなった三喜殿に教官になってもらうかね。


「それで、此度の航海の要員はすでに選出しとるのか?」


「もちろんです」


「名代は?」


「葛屋にやってもらおうかと」


「ふむ。孫八郎、貴様が行け」


 鳩が鉄砲玉を食らったような顔しおって。


「某が、ですか?その間の大槌は一体誰が管理するのです?」


「お前さんよりも大槌に長くいたものがおろう」


「もしや」


「そうだ。得道を留守役にする故、安心して行って来い」


「ははっ。ありがたく存じます」


 満面の笑みだな。前世では船乗りだと言ってたし、船に乗れるのが嬉しいのだろう。


 翌早朝、日も昇りきらぬうちに出港準備が整う。出港前に船を見せてもらう。


「帆桁をクレーンのように使って重いものを船に積み込むのか」


「ええ。このおかげで船倉を深くできるので、貨物運搬に優れております」


「隔壁は無いのだな」


「明の船は隔壁があって丈夫ですが、帆桁をクレーンとして使えないので船倉は深くとれません」


「しかし軍船としてみれば隔壁がある方が丈夫かな」


「どうでしょうなあ。大砲の威力が弱い時代ですので火矢や櫂船で衝角攻撃からの移乗攻撃のほうが脅威でしょうか」


 そういうものか。まあ確かに燃えるものだらけだし、波の穏やかな海なら櫂船で突っ込んだほうが確実か。


「工部大輔殿が蒸気機関を早期に実現してくれればこちらが優位になりますが」


 蒸気機関か、高圧ボイラーに配管、バルブ、ピストンに復水器も必要だからすぐにはできないだろうなぁ。


「それはそうと、この船の名は?」


「若様に頂戴しようと思っておりましたので、まだございません」


 そんな気遣いしなくてよいのだが。


「そうか。ならばこれは大槌形一番艦、大槌と名付けよう」


「遠野でなくてよいのですか?」


「蒸気船ができたらそいつにつけるからな」


 孫八郎が口角を上げる。


「おらー、てめえら!この船は大槌という名前を若様から戴いたぞ!俺達の大槌の名を汚さぬよう気張るぞぉ!」


 甲板作業を終えた褌一丁の船乗りたちが拳と歓声を挙げる。俺が下船したことを確認し、大きく手を振って出港していく。


「無事に帰ってこいよ」

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