第百二十一話 獣医がほしいです

大槌湾 葛屋


 大槌の海に近づくとこないだ見た大船が沖にでてきとる。大きな二本の檣に白い帆が膨らんでいる。前側の帆は四角帆が上下に二枚、後ろは大きな四角帆が一枚、それと舳先から前側の檣に綱が渡って三角帆が張られてる。


「一番上の帆だけ白いな」


「ああ?ああ、あれは麻布を使ってんのよ」


 大槌様は帆布といってるそうや。今までの筵帆に比べて風を受け止めるのに優れているとか。麻から作るそうやけど麻が足りんゆうことらしく、今は北側斜面をことごとく麻畑にしよるらしい。そんだけ作ったら服拵えて、帆布拵えてもまだ余りがでそうやから蝦夷とか他領とかにもってけるかも知れんな。蝦夷の産物いうたら俵物に鮭、棒鱈、膃肭臍などか、若様あたりは他のもの見てそうやけどまずは蝦夷島の者らに信用されんとな。商人は信用が基本やでいやほんまに。



大槌城 大槌得守


 大槌城から沖から舟が入ってくるのが見える。小さい舟と其れに続いてやや大きめの船だ。


「葛屋が戻ってきたか」


「あの程度の小舟ならもうすっかり扱い慣れたようですな」


「うむ。二本檣のほうもだいぶ扱い慣れたようだな」


「そのようですな。惜しむらくは帆布がまだ一枚しか無いことでしょうか」


「其れは致し方ない。今年はこの大槌の他、そなたの治める釜石でも麻を育ててもらう」


 狐崎玄蕃も我ら大槌も稲作に適した耕地は乏しい。そのため麻を育てて貿易で銭を稼ぎ、米麦のよく取れる土地から買ってくる方針となっている。


「麻や造船、それに若様の思い描く新しい何かが軌道に乗れば、この大槌と釜石は年貢がなくなるだろう」


「どういうことで?」


「ここは農地が少ないでな、米麦の代わりに物を作り、稼いで不足分を他領から米麦を買うことで補おうとしているそうだ」


「はあ、なるほど。ろくに穫れない年貢の管理をしなくてすむのは助かりますが、我らの取り分はどうなるのでしょう?」


「銭払にする方針だそうだ」


「銭払……なんだか若様が商人のように思えますな」


 実際やってることは経営なので商人みたいだと言われればそうだとしか言えない。


「まあ銭は米のように腐らんからな。便利になるだろう」


 田老あたりまで臣従に応じたと聞く。千徳や田鎖などの一部は反発しているので来年までには戦になるだろう。


「さて葛屋を城につれてきてもらうのと、若様に蝦夷地向けの出港準備がまもなく整うことを報せに行ってもらわねばな」


 蝦夷行きの初航海には誰が乗るのか、できれば自分が行きたいが領地経営もあるので難しい。若様は大事な跡取りなのでありえない。そんなことを考えつつ、葛屋を城の応接間に通し、交易品の目録に目を通す。米に反物に小物がいくつかか。


「これに若様が持ってくるだろう品を向こうの者らに贈りつつあちらの品物、できれば上方で高く売れると聞く鮭などが手に入ればよいな」



横田城 阿曽沼孫四郎


「ついに船ができたか!」


 玄蕃の言葉に小躍りする。


「孫四郎、そうはしゃぐでない。しかし蝦夷地か彼の地はどんなところかのう」


「あの、父上」


「だめじゃ」


 お願いする前に止められてしまった。まあ初回の航海で何があるかわからんから、禁止されるのは仕方ない。そのうち行く。かならず。


「ああいえ、蝦夷に行きたいことは行きたいのですが、そうではなくてですね」


「ん?蝦夷地に行くというのかと思ったが違うのか」


「はい。此度の航海に行ってもらう者なのですが」


 交易品を馬に載せ大槌に向かう。品は先日の戦で奪った弓に漆を塗り直したものや研ぎ直した刀と槍、そしてこの載せている馬そのものだ。


「若様、馬まで贈ってしまってよいのですか?」


「心配するな。小奴らは全部騸馬だ」


「ああ……」


 清之が身じろぐ。うんまあタマが無くなったからな。まあでも一度は種付したわけだし、許してほしい。成長前に去勢すれば肉が雄臭くなくなるので、牛が増えてきたら去勢を一般的にやりたいな。となれば獣医も必要か。


「のう清之、今後牛馬が増えてきたらある程度は去勢を行おうと思う」


「なぜですか?」


「馬に関して言えば悍馬あばれうまでなくなる」


 清之が眉を吊り上げる。


「武士は悍馬を制してこそですぞ!」


「しかし牝馬と見るや盛られては戦にならんし、荷運びの邪魔になる」


「それはそうですが」


「それとな装蹄と併せて去勢や牛馬の病を見れるものを育てようと思うのだ」


「牛馬の医者ですか」


「うむ、牛馬は大事な力だからな。簡単に死なれても困る。それで獣を診る医師で獣医だ」


 少しずつ装蹄に変えていっているが、装蹄すればわらじよりずっと長持ちするので馬沓や馬草履をたくさん用意しなくてすむ。牛馬は大事な資産であるので獣の医師がいれば確かに良いと清之も納得する。


「しかし去勢はやはり嫌ですなぁ」


 其れにあわせて白星も嘶く。


「ほれ、白星も去勢は嫌だといっておりますぞ」


「なに、白星は優秀だから去勢はせんよ」


 白星が安心したようにブルルと鳴いた。

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