第百二十話 縦帆はこの時代の日本に無かったようです
三陸沖 葛屋
二十石積みくらいではほとんど何もつめへんけど無い袖は振れません。とりあえず石巻を目指し、天気の良い日を狙って南下していく。水先人は大槌の漁師だとか。
「こんな大きな船が使えるとはなぁ。孫八郎様、様々だ。がはは」
これで大船やと……。普段どんな船で漁に出てるのか聞けば大木をくりぬいた船だとかでそんな大きな木がまだある事に驚くのと、そんな小さな船で良く漁にでられるもんやと感心する。
それなりにこの船の扱いに慣れてるのかすいすい進んでいく。
「こらえらい速いわ」
「あたりめぇだろ。山も谷もねえんだぞ」
それもあるが、向かい風やというのにぐんぐん進んでいきよる。
「帆掛け船って風上にもすすめるんやな」
「あ?これは孫八郎様がお考えになった仕掛けよ。よくわからんがこの帆の向きをかえれば向かい風でも進んでいけるんだわ」
はあ、ようわからんけどそういう仕掛けがあるっちゅうことか。これなら風待ちせんでええから商売がはかどりそうやな。場合によってはこの船自体売るのもありやな。しかしこれとは比較にならんほど大きなあの船を使わせて欲しいなぁ。船縁高いから荷下ろしに難渋しそうやけど。
「ところでその板つけた縄を海に流してるんはなにしとるん?」
「おおこれか、これはこの砂が下の升に落ちきるまでにどれだけ流れるかをみるやつだ」
「そんなんしてなにになるん?」
「船の速さがわかるんだよ」
はぁなるほどなあ。一言に舟使う言うてもいろいろやらなあかんことがあるんやな。風向きが良かったようでたったの二日で石巻の湊についてもたわ。
◇
「おい旦那、見かけねぇな、どっから来た」
「大槌や」
「あ?大槌の奴がそんな上方のような話し方する分けねぇだろ」
「ああ、正しくは京の商人やったんやけど焼き討ちされて、商売先の遠野に逃げ延びたんですわ」
「はぁなるほどねぇ。京ってのも大変なんだな。そうそう、俺は市七。そこの店で手代をしてる」
「ほぉ。しかし手代がこないな場所で怠けてええんか?」
「ははは、こりゃあ手厳しい。ところでうちの店で取引いたしませんか?」
若い手代のくせに良い目つきしよるな。今後うちに引き抜くのも考えてもええかもしれん。
「せやな。伝手もありゃせんし、ここで会ったのも何かの縁やろ。折角やし案内してもらおか」
市七とやらがにんまりして歩いていく。船頭に少し待ってて貰うように話しし、後を追う。紙を売り、米と反物を買っていく。まあ京ほどええもんは無いけど、櫛や簪、反物など蝦夷地交易に使えそうな物も仕入れていく。しかし蝦夷ではどういうもんが好まれるんやろか。あーこんなんやったら北国船の商人ともっと話ししとれば良かったわ。
積み込みを待つ間に海の神様を祀る塩竈神社にお参りしておく。
「そういえば石巻とかいう地をしってはりますか?」
「知っておりますが。それがどうかしましたか?」
「いやどういうところかと思いましてな」
「どういうところもなにも、数年ごとに水が越すような場所ですよ」
水が越すたびに川の流れが変わる暴れ川のせいということと、良い水が出ないので住むには適さない場所という。そんな土地だが遠野とちがってずっと平野やからなあ。うまいこと川を治めたら化けそうなもんやな。といってもそれは今後若様が考えればええことやから、なるように任せましょ。
「それより遠野といいましたら、最近随分と賑わってきたようですな」
「殿様がかなり頑張ってるようですわ」
この辺りまで遠野の話が出てくるんか。まあ野垂れ死にがほとんどのうなったし、えらいこっちゃで。
「ほな、これからもご贔屓に」
「こちらこそ、また何か良いものが手に入ったらよろしく頼むよ」
帰りは潮の流れに逆らうのでやや時間がかかるも四日で大槌に戻る。いやそれにしてもずいぶんと楽な商いやわ。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます