第百十九話 葛屋の大槌行き

大槌街道 葛屋


 若様の紹介状を手に大槌城に向かっております。番頭と手代と丁稚を数人連れて笛吹峠を越えてきたが、あの小屋はえらいでかい爺さん婆さんやったなぁ。あれが噂に聞く笛吹の山男山女かいな。五輪峠の山男とはまた違う雰囲気やったな。

 結構きつい峠道やけど少し手が入ってるのかところどころ杭が打ち込まれている。


「なんや、道よくするんやろか」


 よく見ると奥の方もえらい木を切って平地を作って、いくつか炭窯がある。こんな山奥に炭窯作っとるんやなぁ。まあそれは今はどうでもええわ、それよりもはよ山降りなな。

 日がくれる頃に大槌にたどり着く。住職に布施を渡し、泊めさせてもらう。


「葛屋さんは京から来られたと」


「ええ、焼き討ちにあいまして」


「それはそれはご愁傷様です」


「いえ、おかげで船がいただけるようですので、塞翁が馬ってやつでございましょう」


「淮南子(えなんじ)でございますな。ところで昨今の京はどのような状況でございましょうか。焼き討ちに遭われたということは良い状況ではなさそうですが」


 先日若様などに説明したのと同じ内容を話していく。


「はあなるほど。紙座のものにやられたと」


「おそらくは」


「京の商いは大変ですな」


「全くです。商いくらい自由にできるようになってほしいものです」


「遠野の殿様はどうです?」


「塩なんかは専売にしたいようですが、其れ以外は自由な商いをさせていただいておりますし、商いのための銭も出していただけるとのことなので有り難いことです」


 若様は外つ国の物を欲しがっておるさかい、見てる先は堺や博多を通り越して明や天竺に南蛮かもしれんな。


 さて夜が明けて外に出てみると二隻の船が浮かんでいる。片方は敦賀で見かけた羽賀瀬船みたいな形をしとる。あっちは確か千石積みとかやってたから大きさは段違いやけど。


 それよりもその隣りにある船は初めて見るやつや。船べりが高くて積み込みには使いにくそうやけど、ほばしらが二つに舳先にも帆がくくりつけられてたり幅も狭く細長いなど今まで見たことのない形をしとる。


「なんやあの船」


「おお、葛屋さんお目覚めになりましたか。あれは孫四郎様の命で孫八郎様がお造りになったものだそうです」


「あれでどこに行こうというのでしょう?」


「はて、そこまでは」


「いえ、ありがとうございます。その先はこれから孫八郎様にお目通りいただきますのでそこで伺ってみようと思います」


 これはこの大槌にも店を構えなあかんな。


「お初にお目にかかります。遠野商会の葛屋でございます」


「うむ。面をあげられよ」


 顔を上げるとこれまた若い武将が座っている。


「はっはっは。若くて驚いたか」


「ああ、いえ」


「父上は出家して遠野におるので、俺がこの地を治めておる。で、若様からの文で舟を与えてやれとのことだな。問題ないぞ。次は百石積みを作るので参考のため使い心地を教えてほしい」


「はは、承知しましてございます」


 必要な会話はこれで済んだが、聞きたいことはいくつかある。


「なんぞ聞きたいことがありそうな顔をしとるな。よい、申せ」


「ありがとうございます。まずは、この地に店を構えることのお許しを頂きたく存じます」


「なんぞ、そんなことか。むしろ我らが依頼したいくらいだ」


 孫八郎様がおおらかに笑う。


「ありがとうございます。こちらはほんの些細な気持ちにございます」


 懐紙に包んだ櫛をそっと差し出す。


「おお、おお、これはきれいな櫛ですね」


「京で流行りの櫛でございます。ぜひご母堂様に」


「孫八郎や、この者を大事にするのですよ」


「もちろんです母上。で、続きはあるのか」


 孫八郎様が先を促す。


「あの新しい船はなんというやつなのでしょうか。それとどこに向かうのか。と」


 孫八郎様の目つきが険しくなる。秘事に踏み込んでしまったか。


「ふふふ、あれは快速船だ。試作のものでありまだ小さいのだ。もうしばらくで進水する。そして行き先は蝦夷島だ」


 雷に打たれたような衝撃が身体に走る。蝦夷、蝦夷やと。あの船は蝦夷までいけるんか。


「それでな蝦夷地に持って行ける品を仕入れてきてくれぬか」


「はは!喜んで!」


 これは面白くなってきたで。都におったらこんな機会ありえへんかったな。

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