第百十八話 定番の石鹸を作りました
早池峰山のどこか 田代三喜
儀道、もとい守儀殿は今頃戦場か。
先日の江繋の戦で手に入れた死体はすべて腑分けし終わった。臓腑や筋などを紙に写していると、臓腑の大きさや血管の流れがおのおので少しずつ異なることがわかるが、これが万人に当てはまるのかはわからぬ。もっと腑分けせねば。
肺臓を手に取る。こいつは膨らんだり縮んだりする。なかは海綿のようにすかすかしておる。と思えば心の臓は四つの部屋に区切られ、部屋の間には幕のようなものがある。肝や腎は中身が詰まって居るし、胃や腸は筒状で水を流せば漏れずに流れていく。頭の脳髄はよくわからぬ。これはなにに使われるのか…。
死罪になった者などを使ってもっと調べなければなるまい。死体の融通は若殿にお願いしてみるか。他の者は穢れを嫌って腑分けの腑の字もだせぬというのに若様はずいぶんと寛容だ。おかげで知識を増やすに困らん。
しかしまあこういう腑分けができれば医薬の学びが増える。いやはや守儀殿に連れてこられたときはどうなるかと思うたが、こんなに学びになるとはのう、まさに僥倖といったものじゃな。くっくっく。
◇
横田城 阿曽沼孫四郎
「さてそろそろ菜種が獲れる時期になるので余っている油を使って、石鹸作成に取り組みたいと思いまーす!」
「わーぱちぱち」
棒読みで雪が合いの手を送ってくれる。
「今度はうまくやってみせるさ!でないと戦帰りの匂いで鼻が曲がりそうだ」
「小国の時はまだ冬だったもんね」
「うん、あのときも結構臭かったけど、暖かくなってきて酷くなった気がする」
ということで孫八郎に送って貰ったいくつかの種類の海藻と貝殻を送って貰っている。世田米を手に入れたので今後は石灰が手に入るだろうけど、まだ鉱山が見つかってないからね。
貝殻を水車で粉にし、釜で焼いていく。からからになったところで触れないよう、少しずつ水に溶かしていく。
「去年はここで水を掛けて大変なことになってましたね」
そう、突沸してしまい水が爆ぜて大変なことになってました。
「あれは怖かったな」
「生石灰が溶解熱出すの忘れてたわ」
いやあ高校か中学かでやったはずだけどもうすっかり忘れてた。化学実験は危ないね。化学式は覚えていても反応熱とかすっかり抜け落ちてたよ。
「この貝殻を焼くときに出る二酸化炭素が回収できればソルベー法を使えるようになるのよね」
「そうなんだ。でも気体の分留ってどうやれば良いんだ?」
「私はもちろん知らないけど、若様も知らないの?」
雪は食品系だったもんな。化学工業系はわからんか。世界のどこかに化学工業に詳しい転生者がいるかも知れないが、どうにも異端扱いされて死んでるのも多いようだし期待薄かな。地道にやっていくしかないね。石灰が沢山手に入ったら色々実験してみましょう。
「それはそうと、生石灰を水に溶かし終わったので、海藻を燃やして灰を作ろう」
いろいろ用意して貰ったけど、これは松藻か。これは食べるからおいておこう。これは海苔かこれも食べるからおいておこう。
「ねえ若様、その二つは燃やさないの?」
「食べると旨いから分けてる」
「もう!いまは石鹸作りでしょ!食べる分はまた孫八郎様に貰えば良いじゃ無い!」
それもそうだけど、仕方ない。
あ、これはめかぶ。刻んで食べるとおいしいのよね。これも勿体ないけど燃やします。これは網草ってやつか。これからところてんができますって書き添えられてるけど、あんまりところてんは……。ということで燃やします。なんか使い出が有った気がするけど。
「あれ?これところてんできるの?」
「うん、これから作れるらしい」
「ところてんができるなら寒天もできるよ」
「ふーん?」
「寒天できれば寒天培地つくれて菌の単離ができるようになるわよ」
「おー便利だな。でもいまは石鹸が優先だな」
「そうね」
これはヒバマタ?ふぅん食べない草か。
「あれ、これヒバマタ?」
「そうらしいけど?」
「最近、っていうか前世で美容業界で注目されてた海藻よ」
へえ、よく知らないけど美容にいいのか。なんでもイギリスではこれをハーブとして食べるとか。日本で食べない海藻を海外が食べてるって不思議だな。
「北海道で採れるのは知ってたけど、三陸でも採れるのね」
沢山採れるならそのうち美容の薬として上方にでも売ってみるか。
しっかり燃やして白い灰になったら炭酸ナトリウムになっているはずなので、さっきの水酸化カルシウム水溶液に投入すれば水酸化ナトリウム、つまり苛性ソーダが手に入るハズ。沈殿物は炭酸カルシウムになるので回収してまた煆焼させれば繰り返し使えてエコだね。
湯で温めた油に水酸化ナトリウム水溶液を投入しゆっくりかき混ぜる。いそいでかき混ぜて飛び散ると皮膚が溶けちゃうので大変危険。しばらくするとマヨネーズみたいなのができてくるので型に流し込んで、一晩冷やせば完成。
翌日なかなか良い具合に固まった。今回はうまく行ったようだ。底の方にどろっとしたものがたまっている。
「これは、グリセリンかな。」
「たぶんそう。ニトログリセリンは当面できそうにないし貰って良い?」
「いいよ。石鹸生産が軌道に乗ったら大量にできるし。何に使うんだ?」
「お化粧に使うの。ところで沢山できたらどうするの?」
グリセリンて化粧につかえるのか。
「食品添加物とか薬品とかの製造研究につかうかな。どうしようも無く余ったら燃料にするさ。まあ海藻が不足するだろうからそうそう余って仕方ないとはならないだろうけど」
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