第百十七話 領土は広がれど

横田城 阿曽沼孫四郎


 一ヵ月ほどぶりに父上が帰ってきた。


「ふぅ、帰ったぞぉ!」


 声色が良いので随分良い結果だったのだろう。


「まずは風呂に入りたい」


 うむ、汗でくさくってたまらないので早く風呂に行ってほしい。といってもこの遠野は温泉が湧かないので蒸し風呂だが。二刻ほどして父上が風呂から出てきた。無臭とは行かないが先程よりはだいぶ匂いが落ち着いた。


「父上、戦果はいかがでしたか?」


 上有住と世田米を確保したが、関谷にある松館で留守を守る新沼綱清が固く落とせなかったという。千葉軍本体は浜横沢城を抜け金野氏の守る千厩城を落とし、薄衣氏が大原氏などを牽制しつつ寺崎氏の守る峠城に迫ったが敗北、現在は赤岩城と月舘城に籠もっているらしいが戦況は千葉側不利なため兵の逃亡が生じているとか。当家は世田米城に守綱叔父上と兵を三百程残し、守儀叔父上とともに百程が赤岩城で手伝い戦をしているという。

 父上は政もあるので一足先に戻ってきたということだ。


「あまり大きな戦にならなかったので?」


 上有住城と世田米城は幾ばくかの抵抗があったが大したことはなく、兵の消耗はごく僅かだったという。


「数が足りぬでな、松館は落とせなかったわい」


最 終的な領地は戦が終われば葛西殿と話し合ったうえでになるが、世田米までは得られるだろうとの見通しだ。


「領地はだいぶ広がるのですね」


「うむ、相変わらず米はろくにとれないがな」


 今回獲られそうな土地だと平地が少ないのであまり米の生産量は増えそうになさそうだ。石灰が手に入るので地力の維持にはなるだろうし病原菌の消毒になるから生産量が増えると良いなぁ。ほんの薄いものだそうだけど石炭層もあるらしいのでコークス生産の研究もしたいね。


 それはそうと、


「斯波も九戸も消耗してくれればよいのですが」


 大崎氏の支援を受けられる斯波が有利かな。我らも恩を売って久慈辺りまで勢力を伸ばせればいいが、


「我らはまず千葉らとの戦の疲れを取ったらば、閉伊郡を田鎖どもから奪うとしよう」


 今のところ手に入るのは山ばかりで、なかなか生産力の大きな土地を得るには至らないな。



遠野先端技術研究所 小菊


「旦那様、これは何が起きているのですか?」


 鉄の球体に鉤型の鉄筒が取り付けられ、球の下に火を入れています。


「湯が沸く力で回る絡繰りだ」


 よくわかりませんが、しばらくすると少しずつ円筒から風が吹いてきます。


「こんなもので、この鉄の玉が回るのですか?」


「ああ、よぅくみていろ。そろそろだ」


 するとどうでしょう段々と早く回転し始めます。遂には目にも留まらぬ速さで回ります。


「よいか。この蒸気の力を上手く扱うことができれば、水さえあればどこでも水車と同じ事ができるようになる」


 なんということでしょう。この蒸気の力を上手く使えれば水車がなくても水車と同じことができるというのです。旦那様がいうには千五百年もの昔に栄えた希臘(ギリシャ)なる国で作られたものだそうです。そんな国もいまではすっかり廃れたものだそうで、栄枯盛衰を感じてしまいます。


「このなにもないと思う空間にもなにかがあるのだという」


 私達の周囲のこのなにも無いようなところにもなにかがあるといいます。確かに仰げば風が生じますし、雨や雪も降ってきます。桶に汲んだ水もいつかは消えてしまいます。一体どういうことでしょうか。旦那様に尋ねると、それを解き明かすのが学問だと言うことだそうです。


「しかし、この周囲になにかがあるならそのなにかを取り出せるはず」


 そのことを調べるのにも興味が出てきましたが、まずは数学書の翻訳を続けます。高辻算博士様のご指導もあり、九章算術は半分ほど和文に直すことができました。内容も大変興味深いです。なにもないことを無入と書いて負の数も計算できるそうです。他にいろんな図形の面積の計算方法もあります。残りの部分には一体どんなことが書かれているのでしょうか。早くこの書と開元占経をすべて読めるようになりたいです。


 そういえば最近一郎が静かですね。

 少し前に鍛冶師に同じ重さの錘を二つ作ってくれって言いに行ってたけど、得られたのは一個だけだったわね。なんか縄に結びつけて木で作った歯車をいくつも組み合わせて何やら組み立てたり作り直したり、忙しそうです。あれが時を計るものになるのでしょうか。

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