第百二十五話 鮭美味しいですね

遠野鍋倉山 阿曽沼孫四郎


 鍋倉城の石垣増築が概ね終了し、本丸御殿と天守を建築開始している。


「いやー。水力製材機のおかげで柱の製造速度が随分早くなったな」


「はっはっは。さらに人力ですがクレーンも作りましたゆえ、屋根や高層階の取付工事が格段に楽になりました」


「本音を言えば鉄骨造りにしたかったがな」


「それはまあ仕方ありません。聞けば高炉用の煉瓦の焼成が進んでいるとか」


「高炉にどれだけ煉瓦が必要かわからんがな。とにかく一杯作らせている。ここの工事が終われば橋野に試験高炉を設けよう」


 橋野で試掘を行い、いくらか磁鉄鉱が産出している。銅もとれているようだが、まずは製鉄用の高炉、ついで精銅用の溶鉱炉を建設する予定だ。転炉はそのうち。それよりも品質を安定させやすい反射炉を改良した平炉が優先だ。たぶん俺が生きているうちは平炉製鋼が主流になるだろう。

 下流を汚染しないよう鉱滓ダムも作り、それに物流を改善するために道路建設と、蒸気機関が実用化できて蒸気機関車ができれば鉄道敷設に水確保のために利水ダムの整備に港湾整備にと、近代化は工事ばっかだな。


「神童、ここにいたか」


「守綱叔父上、如何なさいましたか」


「なに、新しい城の出来栄えを見に来たらそなたと工部大輔を見かけたのだ。そうそう、折角だ紹介しよう。ようやく歩けるようになった喜三郎だ」


 守綱叔父上の後ろにひっついている男の子の名前のようだ。


「孫四郎だ。よろしく」


 ゆっくり手を出すも、叔父上の足の間に隠れてしまった。


「もう三つなんだがな、このように臆病でな……、はぁ…」


 これくらいの歳なら人見知りでも仕方がないと思うが。もう少し大きくなれば、治るかもしれん。


「叔父上のように知に長けた武将となるやもしれませぬな」


「む、儂はこの子ほど臆病ではなかったぞ」


「それはどうだったかなぁ」


 そういう言葉とともに父上と母上がくる。


「そなたも同じ頃は亡き父母あるいは儂の背によく隠れておったように思うが。そうそうあれは庭に蛇がでたとき」


「わーわー!あ、兄上!俺のことは良いだろう!そ、それよりわざわざここに来るとは、なにか問題でも起きたか?」


「いやなに、たまには二人で歩こうかと誘って、ここに来ただけだ。喜三郎もだいぶ大きくなったな。なにそなたの父上もそなたに負けぬほど臆病だったが、こうも立派になったのだ。案ずるな」


 守綱叔父上が真っ赤になっているが、であるなら喜三郎もいずれ問題なくなるであろう。



 孫八郎が城に着いたとの伝言がきたので、皆して横田城に向かう。


「案外早かったのう」


 父上の言葉に皆が頷く。相当順調な航海だったのだろう。草履を脱ぎ足を洗い、評定の間に向かう。


「孫八郎と葛屋よ、またせたな」


 孫八郎と葛屋が伏している。父上の言葉で上げた表情は穏やかで航海が無事に済んだことが伺われる。


「どうやら順調だったようだな」


「はは。おかげさまで交易で得た産品をこちらに持ち寄るのに手間取りました」


 見れば筵を敷いた庭に干鮭や干鱈などの海産物に熊や鹿の毛皮などが山のように積まれ、我らの前には錦が置かれている。


「おお、これは立派な絹の服じゃな」


 明から流れてきたもののような、色鮮やかな絹である。


「この錦はクスリという川のそばにあります、モシリヤという集落の酋長から頂戴したものでございます」


 アイヌが蚕を飼っていたとは聞いたことが無い。ないだけで実際にはあるのか?ただし、これほど上物だとすると明から渡ったものと考えた方が妥当かな。


「これくらいの絹がこの遠野で作れるようになれば良いのですが」


「ふむ神童、そなたの桑は少し大きくなってきて居るが、蚕はいつ頃仕入れるつもりか?」


「葛屋にこの荷を土崎湊(現:秋田港)に持っていって貰い、上方商人から買い付けてきて貰おうかと。葛屋よ能うか?」


 そこまで言うと葛屋がおずおずと顔を上げる。


「はっ。できぬ事はありませぬが、時間はかかるかと存じます」


「まあやむを得ないかと。追々葛屋は上方に拠点を作れるようになりましょう」


「それはもう、お任せください。遠野商会の名を日ノ本中にとどろかせてご覧に入れます」


 自信満々な表情で葛屋が応える。


「ところで御館様、皆様、この鮭の干物は召し上がらないので?」


「「「喰う!」」」


 これでも一部で、残りの大半は船に残していると言う。となれば遠慮は無用とばかりに焼いて飯に載せて頬張る!


「うむ!うまい!」


 父上もご満悦だ。この時代鮭は高級魚で、滅多に口に入るものでは無い。それをもりもり焼いて食えるのだ!


「残りは村のものと、城の普請に出てきている者に振る舞ってやれ」


 その日、遠野は鮭祭りとなり、高級魚を惜しげも無く振る舞う領主として皆の尊崇を集めることとなった。

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