第百十五話 孫四郎の稽古
横田城 阿曽沼孫四郎
「今頃父上たちは戦か…。無事であればよいが」
「殿なら大丈夫でしょう。それよりも若様、稽古の続きを致しますよ」
そう今日は槍術をやっているわけだが、相手はお春さんだ。木の棒の先端に丸く藁をくくりつけたもので叩かれまくる。
「若様!そんなへっぴり腰ではおなご一人倒せませぬよ!」
「ぬぅぅ!だあああ!」
渾身の力で突くが軽くいなされ、柄でみぞおちを突かれる。
「げふっ、ごふっ、ひゅーひゅー」
「なかなか良い突きでしたが、隙が多すぎます!次、雪!来なさい」
「たあああ!」
「遅い!そんな薙刀の腕では若様を守れませんよ!」
びしぃ!強かに肩を叩かれ雪が薙刀を落とす。
「痛ぅ……」
「ふたりとも今日は素振りと腕立て、腹筋、背筋、竦穵兎(スクワット)をそれぞれ百回ね。それにしても若様の考えた腕立てとかはいい運動ね」
そう気まぐれに腕立て腹筋背筋、スクワットをやっているところを偶々お春さんに見つかり、日々の鍛錬に取り入れられたのだ。ちなみに清之もやっており、最近筋肉が大きくなってきたように思う。
「うむ、若様ご考案のこの鍛錬のおかげでだいぶ胸周りも足も太くなりました。刀の振りも速くなってきましたぞ」
そう言いながら真剣をまるで竹刀のように振り回す。危ないからやめてほしい。
「あなたの太刀筋も良くなったようですね。久しぶりに、どうです?」
「望むところだ!今日こそはそなたを打ち負かしてくれる!」
意気軒昂に清之が斬りかかったが、まだお春さんにはかなわないようで薙刀で弾かれる。
「やはり間合いの長い薙刀に刀で挑むのは無理があるのではなかろうか」
「そう思うんだけど、前よりはすこしいい勝負かも」
しばらく交えた後、二人して涼やかな顔でこちらに来る。
「いやぁ、やはりお春は強いのぅ。まだ敵わんか」
「うふふ、それでも以前より速くなられたので私が負けるのも時間の問題かもしれませんよ」
全く負ける気などないようにお春さんは清之を上げる。昼からはまだ痛むみぞおちをさすりながら、田畑を見に行く。
「少しずつ四角い田が増えてきたな」
「農機具を使うには四角いほうが便利ですからな」
今年は一部の田圃に土入れして嵩をあげようと思ったが、城作りで人手が足りないので城ができ次第と言うことになった。
「今年も豊作なら良いのだが」
「こればかりは天の采配でございますからなぁ」
気象はすべて神の気まぐれ一つで決まると思われていたこの時代、気象予報などと言うものも気象学などというものも存在しない。そもそも数学がようやく導入できそうだというレベルであるためまだまだ近代科学の端緒にもつけてない。
「いずれ天候すら采配できるような時代は来るかもしれんな」
前世ですら無理だったから望みは薄いけどね。
「そうなれば水も枯れなくなり良いのですがなぁ」
「そうだなあ。しかし水、水かぁ」
「若様いかがなされた?」
「のう清之よ、讃岐の満濃池とやらは識っておるか?」
「弘法大師様が築いたとされる池ですな」
元暦元年(1184年)に決壊した後、未だ修繕されていないらしい。あの辺りは前世でもよく渇水になっていたな。水がなくてうどんが茹でられないとか子供の頃のニュースにあった気がする。
「当地では今はあまり水に困らぬが、農地が広くなり、人も増えたため満濃池のような池を拵えたほうが良いやもしれぬな」
農業だけで無く産業の為にも水の安定供給は欠かせない。うどんは以前つくってうまく出来なかったのだけど。
「なあ清之、またうどんうたないか?」
「は?」
「以前作ったのは上手くいかなかっただろ?」
「そうでしたな」
「また作ってみたいので用意してくれ」
「えぇ……、まあ厨房に伝えておきましょう」
何回か作ればよくなるかも。饂飩といえば讃岐だが、稲庭のつるつるしたのどごしも捨てがたい。出汁は昆布と醤油があるからなんとかなるか、三陸沖は鰹も採れるから鰹節も今後は作れたら良いな。
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