第百十四話 気仙郡への出兵 弐
上有住城 宇夫方守儀
「ところで肝煎よ、そなたの名は?」
「へ、へい、あっしは太介と申します」
「そんなに苛政であったのか?」
親の首を肝煎の眼前に置きながら問いかける。
「……ひぃっ、さ、三年ほど前から年貢の取り立てが厳しくなりやして、そ、それに加えて普請の人足として度々駆り出されておりました、た、た」
そのほかにもことあるごとに呼びつけられたり、一揆の企て云々と有りもしない事を騒ぎ立て斬られたり、その他にも筆舌に尽くしがたいことをされるようになったとのことだ。
「しかし我らが攻めてくるとは思っておらなんだのか?」
「それについては葛西様を討ったらば、返す刀で撫で斬りにできると豪語されておりました故」
葛西殿は勿論千葉に比べても土地の広さ以外はたいしたことは無いからな。そう判断されるのも已む無しだが、舐められるのは腹立たしい。
「兄上、今、浜横沢城のあたりでにらみ合いになっておるようだ。今のうちに獲れる城は獲ってやろうぞ」
城の警備にとりあえず五十程置いておく。世田米攻めには守綱兄が率いる宮守、小友方面からの兵も来るのでなんとかなろう。
夜が明け出発の支度をしていると肝煎の太介とやらがやってくる。
「太介とやら、どうした?」
「はっ、世田米にはこの上有住と下有住のものが兵におります。先んじて我らがその者らに投降を呼びかけてみようと思いまする。」
「ありがたい申し出であるが、先程その方らに使いが射殺されたのでな、そなたらを信用するわけにはいかん。太介、そなたの子を人質として世田米城攻略まで預からせて貰う。上手くいけば命だけは助けてやる」
肝煎が反論しようとするが、兄上が殺気を向けると押し黙る。肝煎は幼い嫡男を人質に置いて世田米へと駆けていく。
「保安局の誰か居らぬか」
「ここに」
「守綱めの動きはどうか」
「今のところ問題なく行軍されております」
「なら重畳。この文を守綱に渡してきてくれ」
「御意」
本陣の足軽に扮した保安局のものがすすっと陣を出て行く。
「あやつ保安局だったのか」
「敵で無くてよかったな兄上」
「まったくだ」
◇
荷沢峠 鱒沢守綱
その頃、鱒沢守綱率いる別働隊は荷沢峠を進む。
「驚くほど何もないな」
「我らが手を出すと思われていなかったか、どうとでもなると思われていたかと」
沖館備中守卯兵衛が応える。
「いずれにせよなめられておるのは間違いなさそうだな。忌々しいが油断をつくのも兵法という。それより城攻めの際にはそなたの弓に期待しておるぞ」
「ははっ!」
小股川にそって山道を下っていく。伏兵などもなく順調にすすんでいると小股の集落が見えてくる。集落といっても数件家があるだけの小さなものだが。
「皆、家の影から討ってくるかも知れぬ。警戒してすすめ」
念の為、矢などが飛んでこないか警戒しながら集落に入る。集落の中で少し大きな肝煎と思しき家の戸を叩く。しばらくすると怯えた老人が出てくる。
「な、なにか御用でございましょうか」
「そなたがここの肝煎か」
「肝煎は息子でございます。あっしはすでに隠居しております」
そういえばすっかり腰の曲がった老夫婦しかいない。
「そなたの子息らは」
「若者は男なら兵に、女なら飯炊きにということで連れて行かれ、ここに残るのは儂らのような老いぼれと子供くらいでごぜぇやす」
「周りの村も似たような状況か」
「おそらくは」
根こそぎ動員かけての葛西殿との戦か、勝っても負けても今後が辛いな。
「この村は我ら阿曽沼がこれより治める。遠野の話は耳にしておろう」
「それはもう。最近の遠野はよく栄えておると聞いております。そうですか、儂らも遠野の殿様に収めて頂けますか。ありがたいことでございます」
「それでな、ここから世田米までの道案内を頼めんか」
「ようございます。なれば私めが道案内いたします。腰は曲がっておりますが、まだまだ歩きは問題ありませぬ故」
そう言うと近くの家に駆け寄り少しばかり状況説明をしたかと思うと、儂らの前に立つ。
「では道案内、と申しましても川沿いを下っていくだけでございますが」
柏里(かしわり)の集落でも同様のやり取りを行い、特に戦闘もなく世田米に到達する。
「まだ兄上の本体は到着しておらぬようだな。少し離れているがこの満蔵寺に陣を置くぞ」
「殿様、わしらは世田米の城に行って説得を試みようと思いますが、よろしいでしょうか?」
「む、構わんが、大丈夫か?」
「おお、儂のような老いぼれに気を駆けていただけるとはなんとお優しい。しかし心配は無用でございます」
そう言うと老人たちが城に向かって行く。
「降るようでしたら儲けものですな」
「そううまく行けばいいがな」
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