第百四話 小国への救援 参

小国館 阿曽沼守親


「遠野は近年随分と栄えてきたと噂をよく耳にします」


「ははは、まだまだよ」


「米も他領に比べればよく穫れているとか」


「いろいろ試行錯誤しておるからの」


 まあ実際やってるのは孫四郎や弥太郎なのだがな。


「この肉の塊のようなものもですか?」


「ああ、この米魂(べいこん)なる燻製肉も孫四郎の考案だ」


 焼きたてのカリカリ米魂を飯に乗せて頬張る。


「おお!これはなんと旨い!あっ、失礼しました」


 彦十郎殿が顔を赤くしてうつむく。


「そうだろう。このカリカリになった米魂を米と一緒に食えば肉汁も塩っ気も程よくなって実に滋養に溢れる味なのだ。そうそう、この槍精滋(そうせいじ)というのも旨いぞ軽く湯がいたものが儂は特に好物でな」


 パキョッと音を鳴らし守親兄上が頬張る。彦十郎はもうよだれが溢れ出ておるな。


「そ、某もいただきます……!!!あつつ!いやこれも旨い!あっ、申し訳ございませぬ……」


 彦十郎殿も気に入ったようだな。ちなみに儂は焼いて食うのが好きだ。


「こ、これはどうやって作っているのですか!?」


「これは猪肉を挽いて腸に詰め、燻すのよ」


「なんと、ただそれだけで」


「もう少し細かい作業があるようだがな。猪を飼えぬかと考えておったのだが、孫四郎に言ったところ薩摩もしくは琉球では猪を飼いならした豚なるものが居るかもしれぬから、船ができたなら買い付けに行くと言っておる」


「なんと、阿曽沼の神童殿は琉球のことまでご存知なのですか」


 そういえば神童殿が言っておったな。間もなく新型船ができると言っておったから其れができ次第買付に行くのかもしれんな。


「さてそろそろ休んで明日に備えてはどうだ兄上」


「うむ、そうだな。明日は久々の戦だからな。気が昂ぶっておるわ」


 がははと言いながら兄上が用意された上の間に入っていく。



 翌朝、日が昇りかけた頃合いに目を覚ます。ささっと朝餉をすませ、戦支度をする。


「今日はまだ来ませんな」


「我らが来たので引いたのかもしれん」


「殿、今後の憂いを絶ちたく」


「打って出るか。保安頭、江繋共はどうしておる?」


 どこからともなくすっと保安頭が現れる。


「はは、我らとの戦に備え、村の柵を閉めております」


「むぅ、面倒な。まあよい出るぞ」


「村の入口まで来ましたら、てつはうを一つ投げてくださいませ。それを合図に手のものが門を開けます故」


「承知した」


 十町ほどいくと江繋の柵が見えてくる。


「守儀、ここから矢を射れるか?」


「だいたい五十間(約90m)ほどだな、問題ない」


「ではまずこの矢文を射よ」


「これは?」


「一刻待ってやるから降伏せよという文だ」


「さっさと戦をしたいが、一応礼儀は果たしておかねばならん……か!」


 滑車とともに弓が大きくしなり、蟇目(ひきめ)だというのに通常の弓よりはるかに早く飛んでいく。


「この弓は?」


「おお、これな。もとは神童殿が遊びで作ったものなのだ。この滑車を使うと普段の倍ほどの強弓を引けるようになるのだ」


 と言っている間に江繋の集落に今降伏すれば命は助けてやるという文が飛び込んでいく。


「さてどう出てくるかな?」


 陣を敷き湯をすする。兵たちも最低限の警戒だけで休息している。


「一刻待ったが返事はないな。弓隊、火矢を射掛けよ」


 確り油に浸した火矢が射掛けられる。五十間離れているため相手側からの応射はあれど届かない。そうこうしているうちに集落のあちこちから火の手が上がり始める。


「よく飛びますなぁ。私も欲しゅうございます」


「兄上、神童殿からもらったこの棒火矢なるものを使ってみてもよいか?」


「なんだそれは?」


「てつはうを弓にくくりつけたものらしい。いくつか渡すのでどれくらいの威力か試してほしいと言われたのだ」


「ふむ、よいぞ。儂も見てみたいし、ちょうど合図にもなるか」


 火縄に点火し番える。狙いは…保安頭も破裂の音を合図に開門すると言っておったし、門にしてみるか。


「それ行け!」


 狙い通り門に矢が刺さる。しばらくしてボンッ!と爆発し門が燃える。生憎と門を破壊するには至らなかった。


「おお、よく燃えよる」


「あわわ……な、なんですか先程の音は」


「おお、これな。孫四郎がつくった火薬、そなたも蒙古のてつはうは聞いたことはあろう?」


「は、はい。もしやそれを?」


「そうだ。こんなに燃えるとは思わなんだがな。向こうも吃驚して浮足立っているようだな」


 少しして保安頭の言っていたとおり門が開けられる。


「ほれ門が開いたぞ!皆、行くぞ!突撃ぃ!」


 うおおお!と気勢をあげ江繁に駆けていく。今までの恨みをはらさんと先程まで気勢を上げていた小国勢は腰を抜かして使い物にならないので我らだけだ。集落の方々で火の手が上がり村人たちが逃げ惑っている。ようやく気を取り直した小国勢が到達し、今までの恨みを晴らすかのように乱妨取りを働く。


「よし!領主共は一族残らず捕らえよ!殺しても構わん!」



 小国勢が乱妨取りをしているのを他所に、我らは少ない敵兵を撫で斬りに、江繋館のある向田を目指す。ほぼ柵に人をやっていたため江繋舘には守備兵はわずかしか残っていない。


「守儀、棒火矢はまだあるか?」


「もう一発残っている!」


「館の門に射よ!」


「合点!」


 再び棒火矢を放つ。こちらも保安局の手のものが入っているようで、難なく開門される。中で慌てふためく兵をみながら二、三個てつはうを投げ込み、恐慌状態となったところを兵たちがなだれ込む。半刻ほどするとなだれ込んだ兵たちが江繋ら一族に縄を打って連れてきた。


「これで全員か?」


 燃える館を背に縄で打たれた老人から幼児までが連れ出されてくる。


「た、頼む!妻子だけは!」


「喧しい!斬れ!」


 こんなところで生かしておいては、今度は我らに歯向かいかねんからな。命乞いするのなら初めから我らに降りればよかったのだ。己の過ちを地獄で侘びておれ。


「兵部、そなたをこの江繋村の代官に任命する。金山があるか入念に調べよ」


「ははっ!」


 村の方では乱妨取りが一段落したようで、小国の連中に捕縛された者共が列をなしていた。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る