第百三話 小国への救援 弐

大楢館 宇夫方守儀


 朝、日が昇る前の瑠璃色の空を眺めながら目をさます。


「ふむ、今日も寒いな」


 寝る前に大量の薪を焚べていたおかげでなかなか暖かかった。


「やはり火を焚いていたとは言え冬に菰と藁だけでは寒いな。また神童殿に新しい物を作ってもらわねばならんな」


 きっとまた俺の思いもよらない物を作り出すだろう。あれは神童と皆いっているが、実際どうなのだろうか。七歳までは神の内ともいうがそういう類では無いように思う。なんというか異質感がある。


「まあ考えてもしょうがない。おら、手前らいつまで寝てやがる!さっさと起きて飯の支度をしやがれ!」


 周りの兵たちを叩き起こし朝食の支度をさせる。昨日の残りの味噌汁に粟稗の餅を突っ込んで炙った燻製肉とともに食べる。燻製肉はこういうときに便利だな、旨いし。兵たちも少しだが肉が支給され士気旺盛となる。


「胃袋掴むとよいようだな。まあ神童殿はそこまで考えていないようだが」


 肉を食うと体があたたまるのも善い。餅にすれば腹持ちも良くなり行軍で疲れにくくなる。武撃突にカンジキをつければ雪でも濡れにくいが足が蒸れて冷えてしまうので、適度に足袋の履き替えが必要だな。この辺りも神童殿にどうにかしてもらうか。


「おら手前ら、脚絆はつけたか。確り着けねえと山道でへばっちまうぞ」


 で、この脚絆とかいう足を締め付ける布、これのおかげで長く歩いても疲れにくくなった。外側に留め具がいくつかあり、其れに紐で止めることで締め上げている。

また馬にも蹄鉄などという物を付け始めおった。今着けておるのは凸凹している上に鈎のついた冬用とか言うものだそうで、わらじよりも滑りにくい。長距離走らせても爪が割れるということもない。


 今回はお試しで俺の馬だけだ。調子がいいようなら他の馬にも着けていくとか言っておったが、なるほどこれはいい具合だ。釘で打ち付けると聞いたときは驚いたが馬のやつも痛がりもせん。今後はすべての馬にこの蹄鉄をつけてもらおう。


 半時ほどして皆の支度が済むのを確認し、守親兄上に報告する。


「よし、小国に向かって出発!」


 守親兄上の号令の下、小国まで峠道を六里半ほど行く。人一人がやっとの峠を暫く行くと立丸峠に着く。ちょうど昼頃になったので峠で大休止をとり温かい飯を食わせ、足袋を履き替えるよう指示する。俺たちは峠から少しはずれたところにある山小屋に入る。


「おお、これは殿様、お疲れ様でございます」


「そなたは?」


「この立丸峠の監視を若様から仰せつかっております」


 笛吹峠の爺さん婆さんほどではないがこちらの夫婦もまたなかなかの体躯だ。


「なぜこのように少し外れたところに小屋を?」


「はぁ、この図体ですので行く人行く人山男だの山女だの言われまして、笛吹のあやつらほどには我々図太くありません故」


「そうか、もう少し堂々とすれば善いものを」


 兄上の言葉に山男山女の夫婦が苦笑いしておるわ。


「兄上、そう言ってやるな。それより台所を少し借りるぞ」


 幾ばくかの米を渡し、薪を借り餅を焼く。焼いた餅に味噌を塗ってともに炙った燻製肉を齧る。湯に味噌玉をいれただけの味噌汁をすするだけの簡単な昼餉をすます。


「邪魔したな」


 小屋をでて峠を降りていく。この後小峠を越えれば湯沢川に沿って下っていけば小国村だ。


「お、やっとるな」


 遠くにやいやいやり合う声が聞こえる。しかし間もなく日暮れになるため双方引き上げていくところのようであった。こちらの軍勢に気がついた小国勢のうち幾人かがこちらに向かってくる。


「当地を治めております。小国彦十郎忠直でございます。阿曽沼様の軍勢で御座いますか?」


「如何にも。阿曽沼左馬頭守綱だ。そなたが領主か」


「はっ。この度は援軍を寄せていただきまして恐懼に堪えませぬ。ささ、狭い館ではありますが我が館にご案内いたします」


「村の外に柵を設けておるのだな」


「江繋めには何度か襲われております故、村の入口に柵と堀を設けてございます」


 聞けば今回が初めてではないという。南部の支配下ではあったがほぼ独立領主であると。また江繋氏は金山を持っていると言われているが、農地は狭く度々周辺の村を襲っているという。


「ほう、金か」


「神童はこの辺りの金山はなんか言っていたか?」


「いや神童殿からこの辺りに金山というのは聞いておらぬ」


「ふむ、孫四郎も知らなんだか。もし金山が本当ならよいのだが。小友の砂金だけでは心許なかったからな。ところでこの小国村は食い物は潤沢なのか?」


 彦十郎が渋い顔をする。


「今年も満足のいく出来ではございませんでした」


 山深い地であるため気温が上がりにくいという。


「左様か。そなたの臣従したいという旨に嘘偽りはないか?」


「民を飢えさせるくらいならばこの首を差し出すことなど容易いことでございます」


「うむ。わかった。臣従を認めよう。守綱、荷駄に運ばせた食い物を村の者に与えよ」


「承知した」


「守儀、そなたは飯の用意をしてくれ」


「おう。彦十郎殿は獣肉は食われるかな?」


 彦十郎がきょとんとするが、慌てて平伏する。


「はは。臣従の申し出、受け入れて頂きありがとうございます。えっと獣肉でございますか?まあこの時期は時々喰っております」


「それは良い。台所を借りるぞ」

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