第百二話 小国への救援 壱

横田城 阿曽沼孫四郎


「ふむ、小国殿が当家への臣従を条件に援軍を出してほしいと言ってきおったか」


 父上が手紙を読みながらつぶやく。清之に聞くと、小国は閉伊郡(現・宮古市など)のなかで最も遠野に近い集落だそうだ。


「なるほど。小国殿とはどういう方なのだ?」


「南部が甲斐国に居たころからの家臣の家系だそうで、一昨年小国を所領として渡されたようです」


「それで小国を名乗ったと」


 なるほどな。


「で、父上は援軍をお出しになるので?」


「それは当然だ。これからの千葉共との戦の前に皆の動きを確かめるまたとない機会であるし、何より領が増えるのだ出ないわけにいかん。警備に必要な最低限を残し全員動かすぞ。明後日までに大楢館に集合させろ」


 いうや手早く指示を出す。父上の具足が運ばれてくるがここでは着けないらしい。動きにくくなるので小国に入ったら陣を敷き、そこで着けるという。一時もすれば横田城周辺から兵が集まるのでそれとともに父上が出陣する。道中、守綱叔父上の兵も合流するそうだ。


「若様ももう数年もすれば初陣ですな」


「遅れを取らぬよう稽古せねばな。清之頼むぞ」


 肉食のおかげか食事がしっかり取れる領主の家のおかげか同年代の子供たちに比べれば頭半分大きくなっている。それはそれとして、今日は槍術をしたのだが途中でお春さんが参加してきて俺も清之も雪もコテンパンにのされてしまった。



土渕村栃内・大楢館(おおならだて) 三人称です


 横田の他、各村から兵たちが集まってくる。


「兄上またせたな」


 鱒沢守綱ら家臣が自らの兵を率いて大楢館に到着する。


「おおむね三百か」


「小国殿がもつ兵を集めればまあ江繁が百ほどであるから攻城戦でもなんとかなろう」


「出発は明朝、日の昇る前だ。今宵は肉を喰って精をつけよ!」


 幕を張って風と雪を防ぐ。食事は焼いた粟餅に干し肉と今年取れた里芋を味噌で煮込んだ汁物をかけたもの。簡単だが体があたたまる。


「皆確り喰っておるな。明日は早いから食いすぎて寝坊せぬようにな」


 いつの間に来たのか儀道の軽口にどわはは、と皆が笑う。


「士気旺盛だな。重畳重畳。しかし儀道、貴様いつの間に来たのだ」


「おお、兄上ではござらんか。こんな面白そうなことを俺に教えてくれんとは水臭いぞ」


「そなた出家しておるだろう」


「こちらに帰ってきてすでに還俗しておる!なので昔通り守儀と呼んでくれ!」


「はぁ…そうか」


 その時左近が幕に入ってくる。


「お、左近じゃないか!どうだ、小国の状況とかわかるか?」


「これは守儀様。そうですな、今の所小国勢が踏ん張っております」


「俺達が行くまで保ちそうか?」


「我ら保安局で動けるものは幾人か送り込んでます故、皆様が着くまでは十分に保つかと」


「そうかそうか。保安局もなかなかやるな。今度おれも手合わせ願いたい。ところで例の件はどうだ」


「上手く行けば幾ばくか得られるでしょう」


「ふふふ」


「む、守儀、例の件とはなんだ?」


「うむ、三喜殿と話していて医術においてがあの地で手に入りそうなんでな」


「医術のことか。それらはそなたらに任せるしか無いな」


「保安頭よどれくらい得られるだろうか?」


「とりあえず程度のいいものを一体得られればと思っております」


「無理は言わんが、もし程度の良いものならばもう少し得られればよりありがたい」


「承知いたしました」


「ふむ、そなたの目の色が戦や包丁でなく学問でも変わるものなのだな」


 そう言って声をかけてきたのは守綱である。


「おお守綱兄上、そりゃあな。まだまだ未熟だが三喜殿について医術を学ぶのも大変おもしろいぞ。どうだ兄上もやってみぬか?」


「いや、よい。戦以外で血を見るのは少しな」


「おお、守綱兄上にも苦手なものがありましたか。それは善いことを聞きましたぞ!」


「ええい喧しい!明日に備えさっさと体を休めろ!」


 からかわれた守綱も顔を赤くしながら館に入っていく。


「というわけで明日は頼むぞ。神童殿ほどではないが俺も貴様に期待している」


「ありがたきお言葉にございます」


 そう言いながら左近は闇に溶けていった。


「さて、俺も少し寝るか」


 パチッパチッと焚き火の爆ぜる音を子守唄に守儀は眠りについた。

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