第九十五話 数学
遠野先端技術研究所 阿曽沼孫四郎
南部との戦が立ち消えになり少し落ち着いた年末のある日、弥太郎の研究所にきた。
「遠野先端技術研究所……まあ合ってるか」
ドンドンドンと扉を叩くとガタガタ言わせながら開く。
「ああ、若様。丁度お伺いしようかと思っていたところですが、どうぞお上がりください」
「忙しいところすまんな」
「いえいえ、若様でしたらいつでもどうぞ。清之様、雪様もこちらへ。小菊、湯をお出ししろ」
囲炉裏の鉄瓶から湯を取り、出してくれる。
「ふぅ。温まる」
すっかり冬も盛りになり雪が膝下くらいまで積もっている。湯が冷えた身体を温めていく。
「たまには村の様子を見回らねばならぬからな」
「はぁ」
「ところで、一郎は何を作っておるのだ?」
奥の方で一心不乱に木を加工している一郎がさっきから気になっていた。
「ああ、何でも時計を作っているそうです」
「なるほど時計か」
「若様、時計とはなんですか?」
「うむ。南蛮で使われている絡繰りで、時を計ることができるのだ」
日本だと漏刻とか線香の燃えた長さで時間を計っているんだっけか。他には砂時計や日時計もあったはずだけど基本的に日が出たら起きて、日が沈んだら寝るという自然な生活リズムだ。
「時を計るとどうなるのでしょう?」
「日が出ていない時でも正確な時がわかるようになる」
清之は合点がいかないようだ。まあよい時計ができればそのうち馴れていくだろう。
「旦那様から聞きました!時を計ることで位置がわかるようになると」
ほぅ、弥太郎め小菊にそんなことまで話していたか。
「うむ、時に目印になるもののない海の上で己の位置がわかるようになるのだ」
「時差、というものですね」
「ほう、詳しいな」
えへへと笑う。結構かわいいな。雪さん痛いのでつねらないでください。
「ただ正確に計ろうと思うと数学を学んで貰わねばならんが」
「数学……ですか?」
「うむ、数を学ぶと書いて数学だ」
「若様、数を学ぶのですか?」
「そうだよ」
清之は銭勘定に過ぎぬ計算をなぜやらねばならぬのかと言った顔だ。
「これも南蛮の学者の言葉なのだがな、この世の理は数学の言葉を使って描かれているのだという」
「はぁ……?」
清之はいぶかしげ、雪は興味が無いと言った感じにすっかり眠りこけている。こいつ数学の授業寝てたな?俺もだが。
「上手く数学を用いれば城は今までより丈夫に出来るし、田畑も効率よく使えるようになるかもしれない」
小菊はしばらく考え込む。
「その数学と言う学問を学べばこの世をより詳しく知ることが出来る、ということですか?」
「うむ。だいたいそんなところだ」
小菊がとてもキラキラした目で見てくる。
「若様、空の星までの距離も測れるようになるのですか?」
「ああ、勿論だ」
あれどうやって計算してるんだっけね。
「それでは神様や仏様も数学で表すことが出来るのですか?」
「それはどうだろう?そんな恐れ多いことは考えたこともなかった」
はっとしたような顔をしたのち、ばつが悪そうに小菊が俯く。
「もし、小菊が頑張るというのなら、明の数学書をなんとか手に入れてきて貰うが?」
「え、でもそんな貴重な物……」
「それで遠野が豊かになるなら安いものだ」
「小菊、ここは若様のご提案を聞いておいた方が良い。俺も読みたいしな」
「で、では若様、お願い致します」
深々と小菊と弥太郎が頭を下げる。とりあえず春になればに来るだろう葛屋に依頼しよう。
「数学の為には簡単な計算とかできねばならんが、可能か?」
「はい!旦那様に数字とともに教えて頂きました!」
ならまあ大丈夫かな。算数とか数学の教科書もそのうち作って貰おう。今一番欲しいのは三角法だけど、三角関数表とか大陸の書物にあるかな?宋や元の時代は中華文明の一つの頂点だからなにかいい書物が有るかもしれんな。
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