第九十四話 うまいメシは大事です

横田城 阿曽沼孫四郎


「これは雪様もご一緒でしたか。若様南部の件を報告に上がりました」


「待ちくたびれたぞ。雪は俺の良き理解者だからな一緒に聞かせてくれ」


 左近が言いにくそうにしていたが、雪に聞かれても困ることはない。


「はっ。では、仰せの通り三戸の町のそこここにてつはうを仕掛け、また武具庫や兵の長屋などもてつはうで燃やしましてございます」


「うん、それは儀道叔父上からも聞いている。鮮やかな手前、誠に天晴である。南部右馬頭政康も討ったそうだな」


「南部はなんとしてでも殺せとのお言葉でございましたので、入念にてつはうを屋敷に仕掛けましてございます」


「ちなみに、どれくらいの量を仕掛けたんだ?」


「大体一〇〇貫目ですが。あれほど大きく爆ぜるとは思いもしませんでした」


 ひ、一〇〇貫目(三百七十五kg)か、それなら吹き飛んでもおかしくはないか。


「ここまでの戦果とは思わなんだが、左近よよく殺ってくれた!」


「ははっ」


「本当は禄をつけてやりたいが、生憎と裏方仕事でそなたらの功績とは誰も思っておらぬ……すまぬな」


 軽く頭を下げると左近が大慌てで止める。


「おお、おやめください若様!扶持持ちで士官いただけただけでも某は満足でございます」


「そういえば、左近はもともと山伏なのになぜここまで俺に従うのだ?」


 左近がキョトンとした顔でこちらを見る。


「ここより飯の旨いところが無いからです。がはははは!米、肉、魚!どれも美味くてすでに他所のまずい飯が食えなくなっておりまする」


「……っぶ。なんだそれは。あははは」


「あら若様、胃袋掴むのは大事なことですよ?」


「雪様の仰るとおりです!醤油なるものはあれは何につけても旨いですし、もはやここの飯を食えない生活は考えられないのです」


「なるほど、つまり食事を守るために俺に仕えていると」


「まったくもってそのとおりにございます」


 信仰的な忠誠でなくてよかったよ。となると頑張って旨い飯が食えるようにしなければな。


「若様、雪も美味しいご飯をくれる若様が好きでございますよ?」


 やれやれありがたい告白だな。


「そうだ、左近一働きしてもらってすぐで申し訳ないが、なんとしても閉伊郡の残りがほしいのだ。人を入れてくれるか?」


「それはまたいかなる理由で?」


「うむ、宮古の北、田老なる地に大量の銅が眠る山があるとお告げがあったのだ」


「なるほど銅ですか。其れは是非とも獲りたいですな」


 田老鉱山は無名だけど最盛期は月産二千五百トンの銅を精錬していたらしいからな。同じ量はとても無理だがこの時代で必要な量は得られるはずだ。


「だろう?というわけで八戸や大光寺などは見張りつつ閉伊郡に人を入れてくれ。その上で、こちらに仕掛けるよう工作を行ってほしい。ところで千葉らはどうなっている」


 千葉に関しては一族の浜田なるものがかなり不満を持っておるようだという。また大崎と対峙するために招き入れた伊達成宗の次男である葛西武蔵守宗清が率いる石巻葛西と葛西政信率いる寺池葛西の確執も大きいという。


「なるほどな、伊達と仲良くしようと思ったら乗っ取られそうになっているわけか」


「そのようです。伊達はなかなかの策略家でございますな」


「そうだな。南部はしばらくゴタゴタして南下できぬだろうから伊達にも手を伸ばしてほしい」


「伊達も吹き飛ばしますか?」


「必要かもしれないが、今ではないな」


 慌てたように雪が口をはさむ。


「ちょちょちょ、若様、それじゃ政宗も出てこなくなるじゃない!」


「いや、伊達は残せば必ず遺恨になるから」


「はぁ!伊達巻も伊達者もいなくなっちゃうじゃない!」


「まあ生き残るためにはしょうがないんだって」


「あぁー!もう!わからなくはないけどさ!」


「えぇ……」


「あの、若様、雪様何を仰っているので?」


「いや、大したことではない。伊達についてどうするのが良いか話し合っているだけだ」


 とりあえず左近は納得はしてくれたか?


 雪はあまり納得してくれていないようだ。稙宗とか謀略やりすぎて息子の晴宗と仲悪くなって天文の乱だったかの親子喧嘩するわけだしな。


 伊達氏も政宗も仙台から見れば英雄だが、謀略を掛けられた側からしたら迷惑でしかない。獅子身中の虫になる一族は俺には不要だな。

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