第九十二話 三戸南部の終わり

大槌城 弥太郎


 翌朝、起き抜けに孫八郎様より南部との戦になるかも知れぬと聞かされ飛び跳ねる。


「ま、まことにございますか!?」


「いま若様が探りを入れておるようだ。向こうにも準備が必要だろうから、すぐには来ぬ。とはいえ我らは閉伊の田鎖党と南の千葉に備えねばならん。すまぬがこれ以上構ってやれぬ」


「ああ、いえそれはお気遣い無く」


「攻められればこちらはおそらく籠城して援軍を待つことになると思われる」


 南部に攻められて果たして援軍を期待できるだろうか?


「くそ、コンパウンドボウだけではな……。鉄砲が間に合っていれば!」


 技術は知識だけでどうにかなるものでは無い。間に合わないのも致し方ないが、てつはう、というか炮烙火矢だけでは多少なんとかなるだろうが弓兵が足りない。


「鉄砲はまだまだ先であろう?ところでコンパウンドボウとはなんだ?」


 滑車を備えた弓で弱兵でも強弓を引けるようになる代物であると説明する。


「なるほど弩に劣らぬ威力と射程、それでいて普通の弓と変わらぬ速射性か。船戦でも有用そうだな。此度の戦を生き延びれば作ってくれ」


 そうだな。遠野の指物屋などを使ってある程度量産していたが、すぐに壊れてしまうこともあり、全く足りていないし壊れてしまうと修理に時間がかかるのであまり普及もしていない。さらに野良仕事に手を取られてしまって職工に人手が廻ってこない。戦を生き延びることができたら、若様に相談してみよう。

 遠野への帰郷準備している隙に孫八郎様が文をしたためる。


「これを若様に」


「承知いたしました」


 本当は釜石に行きたかったが、そんな悠長な時間はない。小菊の手を取り小走りに遠野へ戻る。



日も暮れて横田城


 小菊を小屋に入れると、疲れた足にむち打って横田城へ駆け込む。


「おお、弥太郎。どうであった?」


 若様は相変わらずだな。周りは皆大慌てだというのに。


「はっ、帆掛け舟にも乗せて頂き、大変為になりました。小菊もこの地球が丸いことを実感してくれたように思います」


「それは良かった。してそんなことを言いにこんな時間に登城したわけではあるまい?」


 そうだ。この文を渡さねば。


「ふむ、孫八郎からか。なるほど公家を使って戦を延期させてはどうかとな。すっかり失念しておったが、此度の戦は公家衆を使うには時間的余裕がないな」


「政治のことはよくわかりませぬが、立っている者は親でも使えなのでは?」


「それもそうだが送る者も、贈り物も何もない」


「ぐぅ」


 無い袖は振れないというやつか。


「それはそうと運がよければ、三戸はそろそろ大火になるはずだ」


「は?」


 そういえば左近殿は山伏だったな。なにか呪術の一つでも使えるのだろうか。



三戸・聖寿寺館城下


 黒装束に天狗の面をつけた者達が新月に隠れて移動してくる。


「用意はいいか?」


 若様に用立ててされた火薬とやらは全部で二六〇貫(約975kg)。今年できたばかりの火薬の大半をつかって三戸を灰燼に帰す作戦だそうだ。


「おう、こちらは配置についた」


「てつはうの設置はどうなっている?」


「どれくらい使えばよいのかわからぬので館に一〇〇貫、残り一六〇貫を町の各所と武具庫に仕掛けておる。館のものは炭俵に偽装しておるし、万事抜かり無しじゃ。」


 三戸の民や南部の殿様に恨みはないが、我らが若様のため死んでもらう。


「では予定通り三光寺が子の刻を叩いたら作戦を開始する」


「新月の焔作戦だったか?」


「なぜ名付けが必要かはわからんが、若様の案だからそう言わねばなるまい」


「不思議なお方だな。まあわかりやすいからヨシ!それより空はすっきり晴れて風も穏やか。よく冷えるが雨や雪の心配は無さそうだ。どうやら天は我らに味方してくれるようだ」


 うむ。無事晴れてくれて助かった。そうこうしているうちに子の刻を告げる鐘が鳴る。


「新月の焔作戦発動!」


 言うや天狗達が闇夜に溶けていった。


ドォン!ドォン!ドォン!


 しばらくすると町のあちこちで爆裂する。深夜に突然の爆発音が城下に響き、ある家は弾け、忽ち火が家々を襲う。


カンカンカン!ドォォン!

半鐘が激しく叩かれるが半鐘櫓も足元で爆発が起き、崩れ落ちる。

これまでに経験したことのない破裂音と瞬く間に広がる火になすすべも無く三戸の町が焼かれていく。



聖寿寺館


「騒がしいようだが何事だ!」


「ま、右馬頭殿(南部政康)!大事ですぞぉ!」


 どたどたどた!っと呆然としている小姓を跳ね飛ばし野澤重義が寝所に飛び込んでくる。


「このような時に叔父上、如何なされた。」


「町が、大火に見舞われておるぞ!」


 叔父上に告げられ、着の身着のまま外に出る。見れば城下のそこかしこに火柱が上がっている。


「こんな何カ所も同時に…」


「最近八戸が怪しい動きをしていると言う話しが聞こえておったがよもや?」


「おのれ!最近はおとなしくして居ると思っておったが!それよりもまずは兵を町にやって火消しさせま……」


ドドドォォォンンン!!!

 そのとき館の東側、警護の兵達を入れた長屋や武具を納めた竪穴式倉庫が爆ぜ、火の手が上がる。


「な、なんだ?」


「地が火を噴いたぞ!」


「叔父上、あ、あれはなんでしょうか!?」


 南部政康のような勇将をもってしても未知の現象に腰を抜かす。


「し、しらぬ。右馬頭殿!と、とりあえず逃げるぞ!」


「そ、そうでございました!」


 政康らが館にほうほうの体で駆け込んだのを見計らったかのように一〇〇貫目(約375kg)の火薬が詰め込まれた樽や甕が爆裂する。

南部政康を始め三戸南部の主立った者達は何がおこったのかも解せぬまま、灰燼に帰した。


 こうして三戸南部は壊滅し根城南部と九戸、津軽の大光寺が南部家宗家を賭け対立し北陸奥は混迷の時代を迎える。

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