第九十一話 船酔い
大槌湾 弥太郎
そんなことになっていようとは知りもしない孫八郎と弥太郎達は海に出ていた。
「ふむ、これが海の感じですか。酔いますな」
「わ、私も気持ちが悪く…うぅ……」
「ふたりとも初めてとはいえ、まださっき乗ったばっかりだぞ」
船なんて前世でものったことがないので、こんなに揺れるとは思っていなかった。今日は凪いでいるのではないのか。
「こんなに凪いだ海なんてこの時期には珍しいんだぞ?」
海に慣れていればそうなのかもな。
「もう少ししたら湾外にでるからそうすればもう少しマシになるさ」
湾外にでるとうねりが大きくなり、体が跳ねる。確かに酔っている暇はないな。
帆柱にしがみつきながら周りを見ると、船乗りたちはもうだいぶ帆船の取り扱いに慣れたのか、帆を器用に扱っている。
「こうすると風上にも行けるのだ。これだけでいまこの日の本にあるどの船よりも便利に使えるぞ」
少し誇張が入っているように聞こえるが、この時代の和船は基本的に横帆しかないそうだ。この船は江戸期の帆を参考にしているらしい。一旦風下に回りながら帆の向きを調整して風上へとむかう開き走りという航走術を使うと。
「ジャンク船のような帆も考えたが、帆桁をつかった積み下ろしができないので、和船の帆にしている。大型船を作るなら縦帆と横帆を組み合わせた西洋帆船のようなものを作るがな」
「そ、そういえば、この船に竜骨は無いのですか?」
「何を言う。そもそも和船には竜骨などないぞ」
え、そうなの?聞けばこの横になっている板が構造材になっていると。ようは桶みたいなものか。なら揺れるのも仕方ないか。
「り、竜骨は使わないのですか?」
「竜骨からの建造は職人がなれておらぬでな。まあぼちぼち研究を始めさせているのでもう少し待ってほしい」
「親方、竜骨だっけか、なんで船底にあんなまっすぐ柱が必要なんで?」
一緒に乗り合わせていた船大工から疑問が溢れる。
「太い柱があると其れがおもりになって船が安定するのだ」
「はぁ、そんなもんなんですね」
若様の趣味で主力はスクーナーを据えるそうだ。なんでもガレオンは速度よりも火力などが優先された派手な船で、スクーナーは快速性を武器にした船だそうだ。でもやっぱ西洋帆船って言うとガレオンのイメージだなぁ。ただどちらにしても巨木が必要だから…はげ山がすすむな。
「とりあえず、規格化された板を切れるように水力鋸整備しなきゃな……うぷっ」
とそのとき大槌城から狼煙が上がる。
「狼煙だと?なんかあったか?急いで戻るぞ。すまんな弥太郎、小菊、ゆっくり船旅はまた今度だ」
正直なところ助かった。しかし狼煙を上げるほどの事態とは一体なんなのか。
◇
大急ぎとは言っても風任せなので半刻ほどで城にもどる。大叔父にあたる山口殿が来られているとか。待たせている間に湯を出させ、急ぎ着替えて応接間に向かう。
「お待たせしてすみませぬ。山口大叔父上、一体どうされたと言うのです」
「そなたの帆掛け舟というのはなかなか良さそうだな。とそれはともかく、まずはその文を読んでくれ」
表情は穏やかでは無い。どこかが戦を仕掛けてきたか?そう思いつつ文をみれば……。
「な、なんだとぉ!」
南部が攻めかかろうとしていると噂があると。思わず飛び跳ねてしまった。
「ははは、飛び上がるとはまだまだ若いな。しかし気持ちはよくわかる。俺も聞いたときは心の中はそんなだった」
「し、しかし南部が攻めてくるなど」
「我らが富んで来たのが目に付いたらしい」
なんと、富国がこのような形で裏目に出るとは、不味い。最悪の場合若様を連れてどこぞに逃げねば。
「保安局がいま裏取りをしておる。我らは田鎖や久慈などの警戒に当たれとのことだ」
「いやはや、若様の草……いや保安局が無ければいきなり攻めかかられていましたな」
そうなればこちらは忽ちのうちに敗れただろう。
「若様の目には何が見えて居るのだろうな?」
「神の御使いだとは聞きますが」
「そうかも知れんな、っとそれでは俺は帰って戦支度をする。其方も怠るなよ」
「お待ちくだされ大叔父上、今から戻っては山の中で日が暮れます。食事を用意致しますので今日はお泊まりいただければと」
「そうだな。そう言えばそなたと酒を酌み交わしたことも無かったな」
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