第八十四話 火薬はできたけどまだ主役ではありません

横田城 阿曽沼孫四郎


「孫四郎、そなたてつはうを作ったとは真か?」


「はっ。真にございます」


「なぁ神童殿、物はあるんだろ?見せてくれよ」


 儀道叔父上の言葉で実演してみることとなった。昨日と同じように火薬を竹筒につめ、導火線を引く。昨日と同じくパンッと小気味よい音を立てて破裂し、煙が立ち込める。


「おおぉ、これがてつはうか」


「この小さな竹筒だと大した威力はありませぬ故、脅しにしかなりませぬ」


「神童よ、こんなもので何をしようというのだ?」


 鱒沢の叔父上が疑問を呈す。


「明ではこいつで鉛玉を飛ばし、弓矢の代わりとしているようです」


 取り扱いが難しいのでそこまで重用されていないようだが。


「なるほどな。してこいつの欠点はなんだ?」


「一つは作って運用するのに手間と銭がかかること、もう一つは湿気を吸うと使い物にならなくなるというところです」


「利点はなんだ?」


「弓より強力で、遠くまで飛ばせ、弓ほどの修練が必要ないというところです」


 撃つだけなら弓のように年単位の修練は必要ないので、農民兵でも戦力としやすい。ライフリングは無いので必中距離は五十メートル程度、有効射程は三匁の弾を使用するもので二百メートルでも当たれば鎧を貫通する程度だけど弓より高威力なのだよな。


「鉛玉を飛ばすのに必要なものは?」


「鉄の筒でございます。弥太郎に命じて作らせております」


「数が揃うまではどうする?」


「左近らに先程のてつはうを持たせて破壊工作を致しまする」


 破壊工作はもちろん保安局員が行う。実行時は天狗の面と鴉を模した黒羽をつけて行うことにしよう。破壊工作後は「天誅」の紙を撒けば天狗の仕業にできるだろう。たぶん。この工作は南部領や伊達領など中心にやろうかな。


「それはそうと父上」


「どうした?」


「先日五辻様がいらして、なにか仕事をくれと」


「あの若造か。して?」


「弓は扱えると言うので武家になってはどうかと提案してみた次第です」


 またしても父上が渋面を作る。


「公家をやめるか。まあ悪くはないが、当家に忠誠を誓えるかのぅ?」


「兄上、間もなく千葉や熊谷らと戦になりましょうから、武家となるならそこで使ってみてはいかがだろうか。当家に仕えぬというなら遠野から放り出せば済むでしょうし」


 それで死ぬなら其れも已む無しとなり、五辻殿を呼び出すこととなった。


「五辻殿、そなた仕事を探して居るそうだな」


「はい。学校ができればそこで読み書きを教えると伺っておりますが、まだまだ学に関して未熟な身。他人に教えるほどの学は持ち合わせておりませぬ。それよりもそこな童殿にすすめられましたが、武家になるのも悪く無いかと考えております」


 父上が腕をくむ。


「武家になりたければなれば良いが、武家になると言うことは当家に仕官するということか?」


「無論、そのように思っております」


「戦になれば死ぬこともあるが良いのか?」


「街を歩いているだけで殺されかねない京におりましたので」


 そういえばそうだ。話しに聞く京の都はいつ殺されるかわからぬ生き地獄だったな。


「それにあのまま都にいては出家して退屈なあるいは堕落した坊主どもと暮らさねばならなかったのです。それを思えば戦で命を張るくらいは良い生きがいになるでしょう」


 これはもう何を言っても聞きそうに無いな。父上も少し諦めたような顔だ。


「そうまで言うなら仕方が無い。沖館備中守、そなたに預ける故良いように使え」


「御意に」


 久しぶりに名前がでた沖館備中守は弓隊の頭だ。弓ができるとのことでつけられたのだろう。


「ありがとうございます。それと出家の為の俊紹という名は今ここで捨て、五辻家の男の子につけられる仲を使い、俊仲(としなか)と名乗ることをお許しください」


 勿論問題ないのであっさり赦された。


「では五辻俊仲、これより沖館備中守について武芸に励みまする。備中守様、よろしくお願い致しまする」

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る