第八十三話 火薬ができました


堆肥小屋 阿曽沼孫四郎


「さていよいよ硝酸抽出だな。水に掛けて、水を煮詰めれば硝酸カリウムが析出してくるはずだ。」


 帳簿によると1万8千貫あまり(約70トン)の人糞・馬糞などがここに運ばれたはずだが、すっかり完熟堆肥に変わっている。


「しかし、しっかり発酵させるとただの土の匂いなのだな」


「正しく発酵すればこれくらい良い堆肥になるのよ」


「雪やなぜそなたが誇らしげにするのだ?若様のお知恵であろう?」


 発酵槽に対しては雪の意見を多分に取り入れたからな。雪のお手柄ではあるだろう。そんなことは露とも知らぬ清之は俺の発想だと思っているようだが。


 いきなり数十トンもの堆肥を水につけて硝酸イオン抽出はできないので少しずつ行っていく。まず甕に堆肥を入れて水を張る。


「さて一晩置く必要があるから次の操作は明日ね」


 ありったけの甕に堆肥を入れ水をはったので二十五貫(約93kg)くらいは甕に入っただろうか。皆クタクタである。村人も入れぬよう左近達に警備させているので力仕事ができるのは弥太郎と清之くらいだ。


「若様、雪、一体これは何をつくっておるのです?」


「これは塩硝といってな蒙古が使ったてつはうの原料を作っておるのだ」


「な、なんと!しかしてつはうは対した威力がなかったように聞いておりますぞ」


 そうなんだよね。高威力なら鎌倉武士が目をつけないわけがないのでふしぎなんだよね。硝石が手に入らなかったとか投石機が必要で取り回しが悪かったというのはあるんだろうけどね。


 一旦屋敷にもどると五辻の次男が来ていると知らされる。父上は叔父上と狩りに行っているためまだ帰っては来ない。


「おまたせしました五辻様。父上は狩りに行っておりますが、どうなさいました」


「おお、童殿か。突然伺ってすんまへんな。いやなんというかやることがあまりなくて手持ち無沙汰でな」


 と言われても食客だし、部下でもないからあれやれこれやれと指図できないのだよなぁ。


「お心持ちは大変ありがたく存じます。大変不躾ではありますが、五辻様は何がお得意でしょうか?」


「当家は神楽の家系ではあるが、俺は出家することが決まっておったからな、読み書き以外は多少弓をとるくらいだ」


 読み書きできるなら教師でいいのだが、体力が余っているのだろう。弓を扱えるというのなら当家で抱えてみるか。


「読み書きを教えていただければとも思いますが、まずはどうでしょう武功を上げてみるというのは?」


「俺に武士となれと?そうなると阿曽沼の臣になるのか」


「家臣になられるかはともかく、今は武家の世でございますので」


「ふむ、公家から武家に変わるか。土佐の一条様や伊予の西園寺様のようなものか。少し考えさせていただく」


 そう言い残し五辻様は帰っていった。


「若様、どうなりますでしょうか」


「さてな。とはいえ弓が扱えるものは貴重だから当家に使えるというならもてなせば良いし、つかえぬなら適当に戦場に放り込めば良い」



 一晩経って甕の水が澄んできたので、この上澄み液をくみ取り、だいたい三十分の一程に煮詰まったら椚(くぬぎ)の灰とそば殻の灰を水でこねた物に通し、硝酸カリウムに変化しいているはず。さらにこの水を半分になるまで煮詰める。


「これでまた一晩放置すれば硝石が析出してくるはず」


 さらに一晩おき、硝石が析出してくる。火を入れて水気を飛ばし約三七〇匁(約1.38kg)の硝石が結晶となる。


「これが硝石か」


「若様、これでてつはうが作れるのですか?」


「うむ。弥太郎、炭と硫黄はあるか」


「ここに」


 硝石と硫黄と炭を適当な割合で混合し、竹筒に詰め藁縄を導火線とする。


「清之、その縄に火をつけて物陰に隠れろ」


 清之が火を火縄につけてしばらくするとパンッ!と大きな音を立てて竹がはじけ飛ぶ。


「うひゃ!こ、これがてつはう」


 清之が目を白黒させている。


「この量では目くらましにしかならんがな。あと黒色火薬は燃焼速度が早すぎるので銃用にはもう少し燃焼速度の遅い褐色火薬にしたいのだ」


「若様、褐色火薬なんてどうやって作るんで?」


「炭を作るときに黒ずみになる前に取り出せば良いのだ」


 まあそのタイミングが難しいんだけどね。言うは易し行うは難しってやつだ。


「弥太郎、鉄の筒をこしらえてくれ」


「若様、それではいよいよ」


「ああ、銃の誕生だ」


 たぶん。


注)昨今の情勢を受けまして黒色火薬の配合比率は削除しております。悪しからずご了承下さい。

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