第八十二話 大宮伊治への手紙
遠野 鍋倉山の麓 大宮仮宅
ようやくあてらの家が宛てがわれた。場所は新しい城を作るという鍋倉山の麓や。まだ一部が整地終わっただけであてらの家以外にろくな建物もない。武家の屋敷や町人の家などは稲刈りが終わった後に本格化するということだ。周りの村から流れてくる者も少なくないとかでそういったものに飯を与え、作業させているそうだ。
宛てがわれた家は今後町人に下げ渡される予定の長屋だが漆喰で塗られた壁はすきま風を通さず、京に比べて随分と寒いこの遠野の秋もそこそこ快適に過ごせておる。畳はないので熊の毛皮を敷いており、温かいのだがなんとも言えぬ。
米は畿内に比べれば取れ高も少なく余裕がないからか米から酒はほとんど作られぬ。変わりに稗で酒を作っておる。好みではないが酒を飲めるだけありがたく思わねばな。ここの童が酸っぱくて食えぬ山葡萄を使って酒を作る気でいると聞いておるが、明や南蛮で飲まれているというぶどう酒なるものだろうか、楽しみではある。そしてここは米が取れにくいからか山の獣や海魚を好んで食っておる。獣肉食は穢れにつながる故、畿内でははばかられておるが、実に滋味に溢れておる。体の弱ったものも燻した肉を食えばたちまち元気を取り戻す。
医師の田代三喜なるものが言うに、疲れた体には猪肉や生姜、大蒜などを喰って気を補い、体を温めるのが良いという。あてらも遠野に来てしばらくは疲れておりましたが、三喜の作る薬膳で肉を食えばたちまちに回復いたした。
仕事だが帳簿付けの手伝いを時折しておる。先に述べた新しい城ができた折には学校をこしらえ、子供たちに読み書き、礼儀作法を教えてやってほしいという。農家や商家の子供にどれほど学が必要かわからしませんが、扶持をもらったくらいはやってみようと思う。
落ち着いたら屋敷も贖ってもらえるというので、そうしたらそなたらもこちらに来ると良い。
「ふむこんなものかの。長屋というても京の屋敷に比べれば隙間風も少なく過ごしやすいのぅ。仕事もそんなにきつくあらへんし飯もうまい。まあ極楽は言い過ぎやけど京に比べれば長閑なええところや」
家族への文と四条様への報告の文を書き終える。四条様宛には似た内容ではあるがこちらに移ることを勧めるような内容は省いている。次回葛屋の主人が上洛する際に一緒に上り、手渡す算段だ。
京であれば高級なものである障子窓から入る、柔らかい日差しを浴びながら湯を飲んでいると戸を叩く音がする。
「どちらさんどす?」
「五辻俊紹でございます」
「どうぞあいておじゃります」
「お邪魔いたします」
入ってくるのは五辻俊紹はん。兄の諸仲はんは六位蔵人で出世が決まってますが、弟の俊紹はんの方は延暦寺に送られそうになって逃げてきたそうな。
「どないしはりました?」
「勢いで陸奥へと来ましたが今後の身の振り方を相談させていただきたく」
出家から逃れてきたのは良いが、暇を持て余していると。元服したばかりで活力に溢れているのだろうな。羨ましい限りやわ。
「そういうことならここの殿に相談してはどないやろか?あてに相談するよりなにか任されるやもしれへん」
もともと北面武士を務めた宇多源氏の流れではあります。武芸もそれなりにできるだろうし、有り余る活力を消費したほうが良いだろう。
「それもそうですな。では早速お伺いに参じてきます」
勢いよく戸を開けると横田城へ駆けていった。
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