第八十一話 ソーセージは茹でたのが好きです
横田城 阿曽沼孫四郎
お七夜になり、妹の名が告げられるので皆登城する。母上はまだ出産のダメージから回復しておらず皆の前に出てきていない。
「オシラ様とそなたらのおかげで梢も我が娘もともすこぶる順調じゃ」
山伏の格好をした左近が祝詞を上げ、おしら様にお礼を述べる。
「それでは娘の名を発表しようかの。遠野の豊かな実りを願って豊と名付けた」
豊か。うん、良い名前だ。周囲からも豊姫かーなどと声が聞こえる。あとは例によって宴会が始まる。そう思っていた矢先。
「殿!か、葛西様の使いを名乗る方がお越しです」
お祝いムードは一転して緊張感に包まれる。
「お通ししろ」
しばらくして使いの者が上座に通される。
「葛西左近太夫政信様の名代、大原刑部信明である。何やら祝いの席を邪魔したようで相済まぬ」
「阿曽沼左馬頭守親に御座います。葛西様のお使いとは一体何事にございますか?」
大原信明が湯を飲み終え、一息つく。
「いやなに、我が殿より阿曽沼殿に文を預かってきたのだ」
父上が大原とやらより文を受け取る。なんと書かれているかはここからでは見えない。
「なるほど、性懲りも無く千葉・熊谷の手のものが葛西様に謀反の恐れがあると」
大原殿が大きく頷く。
清之に聞くと葛西様に従ってはいるものの半ば独立した存在であり、度々一揆を起こしているという。
「かつて岳波らの賊徒がこの地を襲ったであろう。また性懲りも無く襲ってくるやもしれぬでな」
そんなことを言いに来たのか?所詮他領の事なのだから放っておけばよいだろうに。
「それとな、奴らめ南部とつながっておるようなのだ」
おや、どうやらこちらのまいた種にかかったか?間者が紛れ込んでいたことは父上には伝えていないからな。
「南部様と?」
「どうやったかしらんがそなたは大槌を取り返したとは聞いておるが、それで南部がひるむ訳もないでな」
つまり俺たちを南部に対する壁にしようというか。まあこの葛西と南部に挟まれたこの場所が悪いから仕方が無い。
「わざわざお伝え頂き忝うございます。必要とあらば兵を出しますので、葛西様によろしくお伝えくだされ」
大原殿は満足したように頷く。
「それはそうと、折角来られたのですから、馳走致しましょう。」
儀道叔父上が今回も饗応役だ。なんでも足利学校で知り合った者から包丁を学んだとか。三喜殿の薬膳の指導もあり出汁の使い方が以前にも増して上手くなっている。煮物や汁物は前世で営業に連れて行ってもらった高級割烹にも似た味わいのように感じるがよくわからん。
「左馬頭殿、この塊はなんじゃ?」
「これは猪肉を細かく刻み、腸に詰めて燻した物を茹でたものです。こちらは雉の味噌焼きです」
この戦国の世では肉食はなされていたが燻製、それもソーセージなんて食ってなかっただろう。
パキョッと音を立てて父上がソーセージを喰らう。
「熱いうちに召し上がってみてくだされ。冷めても旨いですが、熱いうちはより旨うございます」
おそるおそる大原殿がソーセージを頬張る。噛んだ瞬間に口内を支配する肉の味と香り、それにかすかな煙の匂いが混じり絶妙なハーモニーを奏でる。
「おぉ!おおお!う、うまい!うますぎる!」
マスタードもケチャップもなにもないが、やはり美味い。大原殿は夢中になってソーセージを頬張る。折角なので焼いたソーセージも出してみると来れもまた喜んで食べおった。さらにベーコンも焼いて出してやったらこれもまた喜んでくっておった。
「実に美味かった。いや、阿曽沼様にご助力頂けることを伺い、使いの任を全うでき恐悦にございます。もし良ければ土産にもらえぬか?」
あんまり目立つと奪われかねないのだよなぁ。父上が頭をかきながら応える。
「申し訳ございませぬが、これ以上となりますと冬の蓄えが無くなってしまいます。そうですな、我らの領を増やせるならば作れる物も増やせますでしょうな。たくさん作れるようになりましたら大原様にも融通します故、飯の内容は内密にお願い致します」
大原殿は力いっぱいお辞儀し、葛西様に報告すると言い、帰路につくと思いきや足早に父上のそばに寄り、
「殿の許可が出ましたらまた来ます故、また肉を食わせてくだされ。もちろん殿には申しませぬ故。あともしたくさんできましたらぜひお知らせくだされ。阿曽沼様のためにできるだけのことは致します故。ではごめん!」
何度もこちらを振り返りながら大原殿は帰って行った。
「さて、嵐は去ったな。では、宴の続きじゃ!」
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