第八十話 熊の子を手に入れた

金ヶ沢 阿曽沼孫四郎


 秋が深まってきたある日、マタギが一匹のイヌらしきものを連れて歩いている。


「そなたそのイヌはなんだ?」


「若様、こやつは熊の子です。母熊を間違って仕留めてしまったのでおいていくのも不憫と思い連れてきたのです」


 山を生活の場とするマタギにとって熊は山の神からの授かり物である。滅多なことをしてはならぬのだそうだ。


「熊の子か。ところで良ければ俺に譲ってくれんか?」


「俺はかまいませんが」


「わ、若様、危のうございます!」


 清之が目を白黒させながら抗議してくる。


「まぁまぁ、ものは試しだ。もしかしたら熊も馴れるかもしれん」


 マタギに米一升を与え、熊を引き取る。


「若様、熊は犬や牛馬とはちがいますぞ」


「異国ではヴォイテクと呼ばれた熊が人と共に闘ったこともあるそうだ」


「戊射手駆ですか。かわった名ですな」


「異国の言葉で戦士という意味だそうだ」


「なるほど。我らと一緒に闘えるのなら良し、闘えぬ或いは我らを襲うようでしたら仕留めさせて頂きますぞ」


「それでよい」


 前世で死ぬ前日にテレビでやってたんだよなあ。ポーランド軍かなんかで小熊が随分人に馴れてたな、挙げ句の果てに部隊の紋章が砲弾を担いだ熊だからなすごいもんだ。晩年はイギリスの動物園で寂しい余生を送ってしまったようだが。

 これで狼と馬と熊か。あと象でも居れば面白いな。南蛮まで行けるようになれば買ってきて貰おうかな。



陸奥 寺池館 葛西政信


「二階堂越前守、これは?」


評定の間で重臣達が険しい表情をならべている。


「は、昨日行き倒れのものを改めた際に出てきたものでございます」


「それは良い。問題はこの内容じゃ」


 そう、行き倒れていたものは先日阿曽沼の手のものがうち捨てた間者である。哀れ、口を割らぬがために病死に見えるよう毒を流し込まれ殺された。そして出てきた文は熊谷、千葉両氏をもって葛西を討たんと南部へ援助を求める代わりに葛西氏の内情を記したものだった。


「近年は戦で活躍しておったように見えたがな」


「腹の底では殿を討つことを考えて居ったようですな」


「うむそれよりななぜ浅沼などで行き倒れておったのか?」


 寺池二階堂氏の居館浅部館(あさべだて)は登米であり、気仙郡や本吉郡から南部領へ抜けるならやや遠回りになる。


「おおかた熊谷と千葉に文を届けたついでに我が領の内情を探らせたのかと」


「こやつが南部の者であるのはまあ良い。南部が攻めてこれると思うか?」


 米などの収穫が不安定な三戸や八戸から豊かな地を得ようと領地を増やさんと動く南部なのでいずれはここまで来るかも知れぬ。


「阿曽沼めはどうか?」


「かつて袂を分かった大槌とやらは出戻ったようです。南部には借りを作っておりますから事が起これば南部に付くやも知れませぬ」


「伊達や大崎の他に南部と直接相対する訳にもいかぬ。阿曽沼めを懐柔するか。大原監物よ阿曽沼に行って来てくれぬか。」


「はは」


 阿曽沼を対南部の緩衝地帯とすべく、重臣である大原信明が阿曽沼への使いとして放たれる。

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