第七十八話 腑分けは律令で禁止されていました

「しばらく見ないうちに神童殿も少し大きくなったんではないか?」


 まあ5歳だから半年も会っていなければ大きくもなるさ。


「ところで綾織にある小屋はなんだ?」


「あれは窯です」


「あれが窯か」


 叔父上が出ていった後に火入れして今は試行錯誤しているところだ。


「売り物にできる器はまだまだできておりませぬが、いずれは」


「しかし神童殿が器製作なぁ。本当にそれだけかあ?」


 相変わらず信頼が篤いようでなによりですが、器作りも換金できるので大事ですよ。もちろん領内で使う器ができれば、本命の高炉用の煉瓦造りだが粘土が手に入るかが心配だ。釜石だか宮守でドロマイトなりマグネサイトがあったと思う。


 宮守は外に漏れるもしれんので釜石か。再現できても砂鉄製鉄にはそのままでは使えない高炉技術は成立すれば鉄価格が下がるので小規模な鉄鉱山も維持できぬし釜石以外ではほぼ用無しになるだろう。一方で耐火煉瓦の技術は汎用性があるので盗まれるわけにはいかない。自領を富ますために他領を侵す。仕方がないとはいえ現代人の感覚で言えば違和感があるな。


 叔父上と話しているところに三喜殿が顔をだす。


「儀道殿、こんなとこにおられたか」


 どうやら叔父上も書の時間のようだ。せっかくなので俺も参加してみる。人の体は気・血・津液が巡ることで成り立っており、肝心脾肺腎の五臓とそれに付随する六腑が体の機能を調整しているという。これらのバランスが崩れると病となるという。治療には薬と鍼灸をもって治療する。また食事も大変重要だという。


「食事や日々の生活で調和を取ることが肝要ということですか」


「左様、とはいえ邪気はどこにでも有るものです。邪気に冒されたならば助けるのが我らの仕事なのです」


 邪気とは何かと問えば、寒さや暑さなどの事をさすそうだ。細菌学や解剖学なんてものは無い時代だから認識としてはこんなものかも知れない。近代医学はまず解剖学からだ。体の構造がわからないのに臨床なぞできん。


「三喜殿、腑分けなどはしたことはありますか?」


 三喜殿が息を呑む。勿論儀道叔父上も驚愕で目を見開いている。


「わ、若様お戯れを。腑分けは律令にて禁じられたものです」


「しかし医術をより良いものにするためには人の身体に詳しくならねばなるまい?」


「そ、それは……」


「もしその気があるなら言ってくれ。なに、今すぐ答える必要もない。しばらく居られるのだ、考えてみてくれ」


 傾奇者な叔父上は終始何もいえずただ口を鯉のようにしているのみだった。


 数日三喜殿は悩んだようだが、知的好奇心には勝てなかったようで腑分けを行いたいと申し出てきた。父上に許可を取りたいがまず降りないだろうから、こっそり山の中で腑分けを行うことにする。この時期はまだ腐敗が進みやすいので、雪の頃に行うこととした。


 左近に命じ、早池峰山に雪女がでるという噂を領内や近隣の里で触れ流すこととなった。


 この後、近寄ったものは時折神隠しにあったものも現れたという噂も流れ、皆おそれて早池峰山には近寄らなくなったので目出度く腑分け小屋を作ることが出来た。見た目はマタギの小屋みたいなもので、死んだ牛馬や鹿、猿、狼、熊などの動物を保安局が運び込み、それを解剖しては田代三喜は興奮したようにスケッチしていった。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る