第七十七話 医者が来た
横田城 阿曽沼孫四郎
ある日左近が男を引き連れて父上へ報告に来る。
「左近……いや保安頭よそやつは如何した」
「は、領内でうろうろしていたところを引っ捕らえたのでございます」
ただの間者なら普段からよく来ていると思うが、わざわざ引っ張ってくるとはなにかと考えていると左近が文を差し出してくる。
「これは?」
「どうやら南部の手のもののようですが、葛西家の内情を探って居ったようです」
南下政策を採る南部にすれば当家から葛西にかけて手を入れたいというのは尤もなことであり、そのために草を放っていても当然だろうな。
「そなた名は何という?」
父上の問いには無視したため左近に殴られるがそれでも口を割らない。諜報員としては優秀かな?
「そろそろ名前くらい言ってはどうか」
左近が蹴りを入れながら問いかけるが、これでも駄目か。
「もっと拷問したら吐くかもしれんがまあよい」
「孫四郎何か策があるのか?」
「はい。聞き出せぬのなら仕方がありません。附子を飲ませたらその文の内容をいじって千葉と熊谷が南部と通じているように見せかけようと思います。左近、葛西領に運ぶのは可能か?」
それくらいなら問題がないという。こちらに目が向かないようにぼちぼち周辺の領地を騒がせて足を引っ張っていかねばな。
左近の手下に男は引き立てられていった。
評定の間から退室し、周囲に誰もいなくなったところで左近が聞いてくる。
「どこまで手をいれますか?」
「南部に人を入れてほしい。あとは余裕ができれば順次手入れしていこう」
可能なら田老あたりまで手に入れたいものだが、いかんせん我らで動かせるのは大槌入れても二百騎から三百騎しかないから現実的には厳しい。鉄と火薬が手に入れば寡兵でもある程度戦えるだろうが、根本的には食料をどうにかしなければな。早くやりたい蝦夷開発。
◇
そして、もう1-2ヶ月もすれば臨月だという塩梅に母上の腹が大きくなってきたある日、懐かしい顔が帰ってきた。
「よう!久しぶりだな。息災だったか」
「守儀叔父上!お久しぶりです!あ、父上に知らせてきますね」
「よいよい。そなたが行くより俺が行ったほうが早い」
いうや俺を担ぎ上げ城に入っていく。
「おーいだれかおらんかー?守儀様のお帰りだぞー」
叔父上の大きな声が館に響き渡る。しばらくするとドタドタと幾人かの足音がしてくる。
「おお!守儀!久しぶりだな!」
父上に促され、足を洗い館に上る。
「そういえばその後ろの御仁はどなたじゃ?」
後ろで佇んでいた壮年の男が出てきてお辞儀する。
「田代三喜と申します。足利におりましたところ儀道殿に声をかけられまして」
「これはこれは師匠殿でしたか。ささ、こちらにお上がりください」
応接の間で三喜を上座に案内し、茶はないので湯を出す。
「それで、守儀は足利で儀道と名乗っておるのか?」
「応、足利学校入門時にな。俺の諱から一文字とって儀道とした」
「そうであったか。なればこれからは儀道と呼ぼう。それはそうと田代殿、コヤツが迷惑をかけておりませんでしょうか?」
からからと笑い声を上げ、田代三喜が話し始める。
どうやら足利学校ではかなり真面目に学に励み、特に医学に対する取り組みが突出しているという。声をかけられた当初は相手にしていなかったが、三顧の礼も裸足で逃げ出すほどにしつこく纏われたがためついに負けて医術を教えることになったという。
「左様でございましたか。愚弟がご迷惑をおかけしました」
「いえいえとても熱心でしたので、教える側としてもとても身が入りました。奥方様が間もなく臨月になられるとお聞きし半ば攫われるようにご招待いただきました。ともあれ折角来ましたので早速診察して進ぜよう」
湯呑をあけて母上の診察に赴かれる。順調な経過であるとのことであった。また、出産が終わるまでは遠野に滞在していただけることとなった。
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