第七十六話 女武将 雪誕生
浜田邸 阿曽沼孫四郎
「と言うことでお父様、私にも武芸を教えていただきたく存じます」
「ううむ、しかしな」
「雪、なぜ武芸を習いたいのです?」
清之は渋面をつくり唸る。お春さんの感情はちょっと読めないな。
「この遠野には人手が足りておりません。いざ戦となった折に男手だけでは兵が足りぬやも知れません」
「なるほど、しかしそなたが弓を引く必要がありますか?」
「いつ襲われるかもわからない世なれば、女といえど弓槍刀を振るう必要も有りましょう」
お春さんがじっと雪の目を見る。雪も負けじとお春さんを見る。俺と清之ははらはらするばかり。
「はぁ、まぁいいでしょう。しかしそなたは女子、私がしごいて差し上げましょう」
お春さん武芸できたのか。っと清之が青くなって震えている。
「清之よどうした?随分震えておるぞ?」
「いえ、少し尿意を催しただけでございます」
「あらあなた、久しぶりに打ち合いませんか?」
「お、おお、それはいいな。先に厠に行ってきてもいいか?」
「ええ、しっかり出してきてくださいね」
しばらくして戻ってきた清之が模造槍を手にすると、常とは全く異なる殺気が漂う。対してお春さんも模造薙刀を手にしこちらも殺気を纏わせる。
「え、ちょ、え?」
俺も雪も突然の展開に対応できずただ庭の隅で小さくなっている。
「ふふふ、お春よそなたには本気でかからねばならぬからな。すまぬ」
「ほほほ、何を仰るのです。本気で来てくださいね」
清之はこれでも遠野で宇夫方の叔父上に次ぐ槍の名手だという。まだ俺も教えてもらっていないが、その清之が本気を出さなければならない相手だと。
「お前様、いつでもかかってきてくださいね?」
清之の渾身の突きから始まるが、お春さんは軽くいなし石突で突き返す。数合突合、切合し両者ともにすっかり上気した顔となり、肩が上下している。
「お前様、腕を上げましたね」
「若様をお守りせねばならんからな。負けない程度には殺り合えるようにはなれたか」
ふたりとも満足気に汗を拭う。
「雪や、有象無象の男など撫で斬りにできる程度には鍛えてあげましょう」
「よ、よろしくおねがいします」
雪は心成し後悔しているように見えた。
◇
ということで体力錬成が始まったが、まだ子供なので基本的な動作が主体になる。
「雪はまず身体の柔軟性を上げて細かい動きができるようにするところからね。若様は正しい動きができるよう訓練しましょうか」
雪はケンケンパをひたすらやっていく。俺は素振り、縄跳びなどなどまるで体育の授業のように行っていく。何人か集められたらサッカーなんかやってみたいな。斉王朝では十二人でひとチーム作り、球門というゴールに入れた回数を競うというものがなされていたことが戦国策にも書かれていた。それがサッカーの起源かはしらんけど。
ということで数日後に空き地に紐を打ってコートを作る。ゴールは廃材で組んで筵をくくりつけてみた。
「戦国策では十二人一組になっていたようだが、とりあえず半分の六人一組でやってみよう」
「若様、この球を蹴るのですか?」
皆おっかなびっくり、革製の球を蹴っていく。布なんて高級品使えないからな。
「これ、そこな童殿、これは何をしておじゃる?」
「これは大宮様、これは戦国策に書かれていた蹴鞠をやってみております」
大宮家は小槻氏の流れで垂仁天皇の血を引くという。代々太政官弁官局に務める家系で、下級官吏をまとめる官務家とも呼ばれているそうだ。同じく小槻氏壬生家と氏長者を争っており、ときには有力者を巻き込んだ闘争にまで発展することもあったという。官文庫が応仁の乱で燃えてからは壬生家に押され、食うに困るようになったため下向してきたという。
「折角でございます。大宮様もなさっては如何でしょうか?」
「おもしろそうでおじゃるな」
一緒に下向してきた他の地下人と蹴鞠を楽しむ。
「これはこれで楽しい蹴鞠でおじゃるな。されど名前が同じでは分かり難うおじゃる」
「それならば、蹴球と言うのは如何でしょうか?」
「蹴球か……。ようおじゃる。ところでこの球は何で作っておるのじゃ?」
「これは猪(しし)の革をつないでおります。」
「なんと!獅子の皮とな!」
猪の皮がそんなに珍しいのだろうか?やはり獣を使うというのは雅な方々には合わないのかもしれないね。
そんな感じで始めた蹴球だが、俺達より公家共がすっかりハマってしまったようだった。
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