第七十五話 農薬が欲しいです

 盛夏の頃となり稲が母上のお腹よろしくすくすくと伸びてきている。このまま今年も豊作と思ったある日。


「殿、失礼致します」


「如何した?」


「浮塵子(うんか)が発生してございます」


「おお夏ウンカか。今年は稲病も少なくすみそうだな」


「父上、浮塵子とはなんでございましょう?」


 浮塵子、夏から秋にかけて発生する代表的な虫害だ。大きさは一分六厘(5mm弱)ほどの虫で、稲に付くという。夏浮塵子の場合はいもち病の被害が減るという。一方で秋浮塵子が発生すると坪がれという田に丸い穴が空いたように枯れた区画ができ、大幅な減収になるとのこと。


 浮塵子か、ぼんやり殺虫剤などを考えていたが少し急がなければならんな。しかしネオニコチノイド系農薬なんて当然今時代に作れるわけがない。タバコも未だ手に入れられてないのでニコチンを使用するのも不可能。どうにかならんかと思い雪や弥太郎に相談しに行く。


「ウンカですか」


「そう、なんかいい防除法ない?」


「前にも言ったけど、私は農業科ではないのよ?まぁそれはおいといて一番いいのは農薬ね」


「農薬なぁ……ネオニコチノイドはもちろん作れないしタバコもまだないんだけど何か手はないか?」


「たしか江戸時代には鯨油とか菜種油を数滴田んぼに垂らして、虫を叩き落とすってことをしてたような」


 どういう機序かしらんが、一つの方策になるか。大きな船が出来たら捕鯨もしようかな。


「あと、水がしっかり張ってある田んぼのほうがウンカ被害でやすいのよ」


「なんで?」


「さあ、詳しいことはわかんないけど、選択してた講義でそんなこと言ってた気がする」


 中干しとはまた違うようだが、乾田化したほうがいいのは間違いなさそうだな。暗渠はともかく土入れしてすこし排水しやすいようにしたほうがいいかな。


「んじゃあ来年、一部の田んぼを乾田化して効果をみて見るか」


 するとしても一枚か二枚くらいだけど、ところどころ穴を開けた樋を田んぼに埋めて排水できるようにしてみよう。


「それよりさ!若様、私にも馬がほしいです!」


 母上が横乗りしてたのを見たのも一因だが、巴御前よろしく騎馬で駆けたいという。


「巴御前って……」


「なにかおかしいかしら?」


「いやよく勘違いされるけど、巴御前は実在性が疑問視されてるよ」


 雪がまさに青天の霹靂といった感じの表情をしている。


「え、じゃあ木曽義仲の奥さんって?」


「はっきりとした史料はなかったかな。少なくとも吾妻鏡には巴御前は出てきていないんだ。もっとも鎌倉幕府が作った歴史書なんで正確ではないかもしれないけど」


「でも平家物語では出てくるよね?」


「そうだけど、義仲の最期にちらっと出てくるだけだからなぁ」


 源平盛衰記にはもう少し詳述されているが、板額御前と浅利義遠の逸話に似ていることから板額御前をモデルに創作された可能性がある。と言われているんだっけか。


「でもモデルになるような女武者はいたのね」


「まあね……何が言いたい?」


「あら、わかっているくせに」


「清之の許可が出ればな」


 この時代は男女同権ではないし、そもそも人権なんて無いから慰み者にされるかもしれない。


「もしかしたら、くっころ!になるかもしれんけどいいのか?」


「じゃあ戦場に出るときはしっかり男装していくわね」


 そういうことでは無いように思うけど、まあ男装は妊娠出産とならび女性にしかできない女らしさの極地でもある、かな。男装の麗人とかいいよね。

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