第七十四話 保安局の誕生

 その後、帆掛け船の実演を見せるが何分父上は遠野の人間で海を見るのも初めて。帆掛け舟の価値はいまいち伝わらなかった。変わって夕餉になると鮃や鮑、取れたての殻付き雲丹などのごちそうがならぶ。


「これは美味いの!この雲丹というのはまた変わった味わいじゃな」

 

 海鞘とならんで珍味だからなぁ。しかし生ウニは甘味も多く美味い。


「このウニは美味いな」


「今が旬でございます」

 

 孫八郎や得道が魚や貝などを解説していく。ひとしきり酔いが回り、皆が床に入る。



 宴会が終わり、俺に充てがわれた部屋で孫八郎や弥太郎と話し合う。


「さて孫八郎、首尾を」


「首尾、と申しましてもご覧頂いた通りです」


「まあ帆船に関しては急ぐわけではない。今後改良を進めてくれればよい。ところでいま必要なものなど有るか?」


「それならば、時計が欲しいです」


「時計?何に使うのだ?」


「時刻を計る、というのは勿論ありますが、経度の測定に必要なのです」


 聞けば基準になる地点と船の場所の南中時間の差から経度を計算するという。


「時計の作成な……弥太郎できるか?」


「クロノメーターですか、とても無理ですね」


 経度がわかれば航海の安全性は飛躍的に向上すると。このあたりはいずれ手をつけねばならないか。貴重な船乗りをなるべく喪いたくはない。


「それよりも若様」


「如何した?」


「いえ最近不審な影が見え隠れしておりまして」


「掠われたりとかは?」


「被害は今のところありません」


 しかし時間の問題か。


「左近、警備状況はどうなっておる?」


 暗闇から音も無く左近が現れる。


「はっ、私ならびに配下の者で殿や若様の他、主だった方々には警戒を行っておりますが、いまのところ直接手を出す者は居りません」


 盗みに入ろうとした者はいたらしく、何人かが早池峰山と大槌湾で人身御供になったという。


「外からの怪しい者の出入りは各峠に山男、山女をおいて監視しておりますが、これ以上は人手が足りません」


 防諜は必要だが、現在では支援作戦を行うので精一杯か。


「帆船のこともあるからな、左近、幾ばくかの銭を与える。領内の孤児を与えてもよいし、人買いしてもよいし、他領の孤児を掠ってきても良い、選別し草をふやせ。孤児は男女問わん」


 顔が割れぬよう、高下駄と天狗の面も後で渡すとしよう。さしずめ早池峰の天狗衆だな。


 女児は武田が使ったという歩き巫女を使うのも一手か。


「承知しました。ところでもし適性がないと判断した場合は?」


「好きにしてよい。場合によっては殺してもかまわん」


「御意」


 諜報技術もなるべく漏洩を防がねばならんし非道だがやむを得ん。


「それと名前だが、保安局という名にしようかと思う」


「ほあんきょく、でございますか?」


「そう、安寧を保つという意味だ。いつまでも草というのも味気ないのでな」


 左近がしばらく反芻し、受け入れてくれたようだ。


「これより保安頭を命ず。そうだな、苗字も名乗るがよい」


「名字ですか、……思いつきませぬ。若様に名付けして欲しく存じます」


 む、名付けか難しいな。


「阿曽沼の沼と遠野の野を合わせて沼野というのはどうか?」


「ありがたき幸せ。これより沼野保安頭左近と名乗らせて頂きます」


 勝手に新しい役職名作ってしまったが、遠野で使う分にはよいだろう。他所では意味が通らぬので適当に自称するよう言い渡すと左近は少し嬉しそうに闇に溶けていった。

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