第七十三話 ホヤとの出会い

大槌城 阿曽沼孫四郎


「御館様ならびに奥方様、若様、ようこそ大槌にお越し頂きました。みな、この日を首を長くして待っておりました」


 孫八郎を初めとする大槌のもの達から歓待を受ける。母上は丸一日横乗りしていたおかげで腰が痛めたはずなのだが、そう感じさせない所作と笑顔で応対している。


「こちらは遠野よりも暖かいな」


「海のおかげでございます」


 父上の言葉に孫八郎が応対する。確かに山の中にある遠野に比べれば風は強いが幾分暖かいような気がする。


「新しい船も気になるが、この大槌や釜石はどのような幸が獲れるのか?」


 主に素潜り漁によるなまこや鮑などの捕獲に、川に遡上してくる鮭の捕獲、あとは船で少し湾の入り口まででて釣りをすると言ったところだという。地引き網なるものは聞いたことがないという。鰯などは船から投網で獲れた分ということらしい。


「これはなんだ?」


「海鞘(ほや)でございます。今年はよい海鞘がとれております。」


 ぱっと見、石のようにしか見えないものの端を切って縦に裂く。すると概ね橙色の身が現れる。黒い部分を取り除き狐崎が手づかみで食べる。


「うむ、美味い。この剥いた身を塩水で軽く洗って食うと美味でございます」


「なるほど……うむ、美味いな」


「おお!若様にはこの旨さがおわかりいただけますか!」


 しかしこのなんとも言えない噛みごたえに磯の香り?にほのかな甘味が混じってなんというかなんとも言えない味だ。


「ほほほ、なかなか独特な味わいですわね。これが海の味というものでしょうか?」


 母上も微妙な顔つきだ。まずくはないようだが。一方で父上は苦手なようでなかなか難しい顔になっている。大槌などの民でも好んで食べるのは半分ほどで残り半分はできれば食いたくないものだそうだ。いわゆる珍味になるのだろう。


「のう狐崎、蓋のできる鍋はあるか?」


「ありますが、どうされるのです?」


「酒と調理場を借りるぞ」


 鍋に水を少し入れ半分に切った殻付きの海鞘を入れる。蓋をしてしゅしゅしゅとしてきたら酒を少し振り、さらに蒸し焼きにすれば蒸しホヤの完成だ。


「うむ、これならば癖が少なくなって食いやすいな」


「ほぅ、これも美味いですな」


「む、これなら食えるな」


 生の海鞘がだめだった父上にもまずまずの評価だ。


「この海鞘というのはよく採れるのか?」


「この時期ですと美味いものが良く獲れます」


 そういえば海鞘の養殖はいつからされていたんだっけ?なんか見学した海鞘漁師はなんか紐みたいなのにつるしていたような。こいつが養殖できるようになればそれなりに食料生産が安定するはず。


「のう孫八郎」


「若様如何されました?」


「この海鞘の養殖は可能か?」


「生憎と某、水産はからきしでございます」


「この海鞘を養殖できるようにできぬか?」


 孫八郎が難しい顔になる。


「狐崎!」


 孫八郎が狐崎を呼びつける。あれこれ話しし狐崎に海鞘養殖を行うよう指示を飛ばす。


「ま、孫八郎様、増やせと仰られてもどうやればいいのか皆目見当も付きませぬ。」


 狐崎が戸惑った声で抗議する。


「狐崎よ、なんかツタのようなものを海につるすと良いかもしれん」


「は、はあ、蔓ですか?」


「ああ、縄でも良いかも知れぬが、色々試して欲しい」


 不承不承狐崎が引き受ける。うまく養殖できるようなら好きなだけ海鞘が食えるようになるかもしれないし、これも一種の食料増産政策ということにしよう。

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