第七十二話 和船の帆はかなり優秀だったそうです

大槌 大槌孫八郎


「おらー帆ができたぞー」


 冬の時化た三陸沖を眺めながら皆で作った帆ができた。麻布の製作がそもそも初めてなのでかなりちぐはぐしている。


「ずいぶんといびつだな」


「殿様、初めて作りますんでまあ大目に見ておくんなし」


 贔屓目に見てもとても見栄えの良い出来ではないな。これでは孫四郎様に披露できぬ。


「まあ構わんが、ちゃんと風を受けてくれるんだろうな?」


「さあ、つかったことねぇんで」


 御神イレ(進水式のこと)を行い、御船霊様を船に呼び入れ航海の無事を祈念する。


 敷長三十尺のタナカッコに一本帆が翻る。大槌湾から出た後、帆を張り沿岸が見える範囲で操船する。


「ひゃあ、随分と速いですな」


 風さえ受ければあとは帆の向きさえ整えればよく走る。随分沖の方まで来たようなのでそろそろ引き返す。


「孫八郎様、どうやって風上に走らせるので?漕ぎますか?」


「はは、漕ぐ必要は無い。帆桁を斜めにしてみろ」


 言われたとおり帆を斜めにしてみるとある角度で風上に走るようになる。


「おお、風に対して斜めに走るのか!」


 そのままジグザグ航走し、大槌湾に戻る。


「どうだ、なかなかなものだろう」


 同乗した漁師達は皆感動したようだ。まあこの十人乗りのタナカッコでは帆でトップヘビーになるのがいまいちなのでもう少し大きくした方がいいなど皆話し合っている。


「どうだ、小舟ほど小回りは効かんがなかなか良い船だろう」


こいつをもっと大型にして隔壁をつければ充分外洋航海にも耐えられるだろう。


「まあ俺は造船はわからんが舵の構造だけは和船いまいちだと教わったな。舵の取り付けだけは西洋帆船に倣った方が良いかもな」


 それはともかくこの日から釜石も含めた漁師達が総出で新しい船の操船を体得することとなる。また、今までより沖合に出るので天測ができるようたたき込むことになった。


「あとは経度が測れるようになればいいのだが、正確な時計が必要だな。孫四郎様が来られたときに相談してみるか」



 田植えが終わり、大槌に向かう。

 孫八郎からは一応帆掛け舟ができ、航海術の習熟中であるとのこと。今回は俺の他に父上や母上、それに弥太郎も連れてきている。


「孫四郎、新しい船とな?」


「は、帆掛け舟というものを作らせてみました」


「帆掛け舟とな、上方の商人が使っておると聞くな」


「はい。それを我が領でも作れぬものかと思いましたので」


「ところで父上や母上まで来られて遠野は大丈夫なのですか?」


 警備や内政面が少し心配である。左近を初めとする忍びはつけているが。


「なに、守綱が仕切って居るから心配は無いだろう」


 まあそうですね。叔父上なら特に問題なく取り仕切ってくれるだろうな。


「この界木峠は最初こそ厳しいのぼりであったが登ってしまえばなかなかに歩きやすいところだな」


 現代なら牧場になっているあたりである。笛吹峠に比べるとやや遠回りになるが、坂はやや緩く水場もあるので休憩も取りやすい。


 横乗り用の鞍を作らせたので母上は籠ではなく馬に横乗りしているが、姿勢が厳しいようで少し腰をさすっている。ちなみに俺は今回も白星に載せて貰っている。


「孫四郎、大槌とはどんなところなのです?」


「大槌は、景色は大変素晴らしいです。海にせり出す木々や緑の迫力に鳥たちの群れ、遠野では見られぬ美しさですね」


 俺の言葉に母上が期待を高めているようだ。遠目に大槌湾が目に入ってくる。現代ではすっかり防潮堤に覆われてしまったが、三陸海岸の美しさは特筆すべきものがある。父上も母上も初めて見る海に言葉を失っていた。

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