第六十七話 公家たちの下向
弥生も半ばを過ぎ、陸奥もそろそろ暖かくなってきたはずや。そろそろ今年一回目の商いにいこか。
今回は支店に出す田助とともに高辻様とほか幾人かのお公家さんが一緒される。いつもより護衛に銭がかかるけど、またなんかしら新しいものつくってくれてるやろうからこれくらいの持ち出しはしゃあないな。
「さて皆様これから陸奥に向かいますが、準備は良うございましょうか?」
筒袖と括袴に身を包んだお公家さん達が頷く。馬や牛車を持ってる家は当然あらしませんので、皆徒歩で向かいます。
「陸奥というと、大体どれくらい離れてるんや?」
「東海道を使いますので、二百四十里あまりですな」
一日十里ほど移動するのと天気を見ながらになるので概ね一か月の行程や。距離を聞いて早くも意気消沈する者や下向を取りやめるものも居る。なんや意気地なしやな。あんまりちんたらしとったら盗賊に襲われかねんから、暗くなる前に宿場までいかなあかん。
京を発って二日目、彦根に到着する。甲賀を抜けたほうが早いが、牛を買っていくので遠回りな関ヶ原を抜けていく。程よく雄牛と雌牛の幼牛が競りに出されていたのでこれを買い東に向かう。
「皆様、まもなく不破関が有った地です。これより東国になりまする。」
公家衆が足を止め西に目をやってはる。死出の旅でもあるまいに大げさやな。不破関をこえ中山道と別れ桑名を目指すが、少し遅くなったので今日はここまでや。明日には桑名に着くやろ。宿なんてない場所やから寺に御布施し軒を借りると皆はんよう疲れたのかあっさり寝てしまいましたわ。
「葛屋さんと申しましたか」
「はい。京で商いさせてもろてます」
「どちらまでお行きになるのでしょう?」
「陸奥まで」
「なんと。随分と遠い所にいかれるのですな」
「商いのためなら地の果てまで行くのが商人でございますので」
人の良さそうな顔をしてはるけど、欲にまみれた商家にどのような感情を持っているかはようわからしません。
「葛屋さんや、何人か稚児を引き取ってもらえませんか」
「藪から棒にどうされました」
「いやなに、孤児がおおくてな。この寺で養える数を越えてしもたんですわ」
なんや寺の規模の割にお稚児さんが多かったのはそういうことか。
「それはどうしようもございませんな。向かう先は読み書きできる者を欲しておりますので……読み書きできるのであれば」
遠野に売りつければどうにかなるやろ。
「おお、それは助かります。これからも定期的につこうてもらえませぬかな?」
お互い良い商売になるので二つ返事で了承する。
日が昇る前に支度を済ませ五人の稚児を従え熱田を目指すが、稚児が増えたため那古野で足留めや。守護代の織田大和守家と織田伊勢守家が相争っとるが、ここ那古野はそのどさくさ紛れに今川に奪われたと聞いとる。
さて那古野を出て七日、ようやく富士の麓まで着いたわ。お公家さん達は富士の美しさに見とれておる。同時に随分遠いとこまで来たと今更何を言うてはるのやら。三島で宿を取り、いよいよ東海道最難関、箱根越えや。何度行き来してもえらいな。商売がなかったら絶対こおへんわ。
小田原から鎌倉に至り、ここから中道を下り入間、古河、宇都宮へ歩む。古河を抜けると今まで以上に荒涼とした地が広がる。
「坂東は田舎と聞いとりましたが、こないに田舎とはおもておりませなんだ」
あるお公家さんがいうと皆頷く。そらそうやこっから先はろくに米も獲れん不毛の地やからなぁ。そんなこんな考えながら小峰城下まで来ましたわ。
「此処から先が陸奥国になります」
「おお、ということはもう少しで遠野か?」
「いえいえまだようやく半分といったところです」
ひええと悲鳴が聞こえる。まぁ陸奥は広いからなぁ。そこから数日で平泉に到達したものの、なにもない平泉にお公家さん達は栄枯盛衰を感じてはった。
京を出て二八日、ようやく遠野が見えてきましたわ。なにやら煙が上がってますな。前来たときはあらへんかったやつやな。期待通りまたなんか新しいことしてはるな。
「皆さんようやく遠野が見えましたよ。あの煙の向こうになります」
「おお、ようやくか」
長旅に終りが見えたので皆さん安堵した声をしはる。綾織に差し掛かったところでお武家に声をかけられる
「馬上より御免!そなたら何用か、と思えば葛屋殿ではないか」
下馬されたのはこの地を治める鱒沢治部少輔守綱様だ。
「お久しゅうございます。春になりましたのでお伺いしました」
「そうかそうか、そなたが来るのを待っておったぞ。して後ろの御仁は?」
儂の後ろのお公家さん達をみて問いかけてくる。
「はは、阿曽沼の殿様より読み書きのできるものがほしいとのことで四条様に相談しましたところ、下向なさってきましたお公家さま方です」
「おお、これはこれは遠路はるばるお越しいただきました。いま使いをやります故、迎えの馬が来るまで狭いですが我が邸でお休みくだされ」
よく見ると路が前回来たときより広くなっておる。
「鱒沢様、来るときに煙が立っているのが見えたのですが」
「あれは窯を作ったのよ。まだまだ荒削りだがいずれ立杭のような立派な器を作ってみせようぞ。まあ童殿はまた何か違うことを考えておるようだがな」
なんと窯やったんか。しかし上手く事が運んでも来年以降やろか。して孫四郎様のお考えとはなんやろか。
そんなこんな考えていると迎えがくる。馬に乗れるお公家さんを乗せ横田城へ向かう。
なんか新しい時代が始まりそうやな。
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