第六十六話 今日も京は凶都です
京 葛屋留五郎
「御免!店主は居られるか」
山伏が葛屋に入る。
「しょ、少々お待ちを。ば、番頭さーん」
丁稚が店の奥に駆けていく。
「おまたせして申し訳有りません。主はいまお客さんの相手をしております」
「左様か。しからばこの文を店主に渡してくれ」
「これは?」
「阿曽沼のといえばわかる」
「はぁ。承りました」
「では御免!」
文を番頭に預け、山伏は人混みへと消えていった。
「やれやれ、阿曽沼様からの文とな」
何が書かれているやらと読んで見れば、医書がほしいのと読み書き計算と教えられるものを紹介してほしいと書かれている。
「医書はとにかく、読み書き計算を教えられるものか」
「旦那様、如何なさいますか?」
「せやなぁ。そろそろ陸奥に支店を構えるか。お前たちの中で陸奥に行きたいものはおらんか?」
見回すが誰も下を向いて視線を逸らせるばかり。まあいくらマシになってきたとはいえ、田舎やもんなぁ。しゃーない誰か指名するか、っと誰がええやろな……ん?
「なんや田吉、おまいさん陸奥に行きたいんか?」
「支店を任せていただけるのであれば」
まぁそうやけど。
「そなたはまだ手代になって二年しか経ってへんやん」
こいつは手代の中でもそこそこのもんやがこの本店の番頭になれる機会はあらしまへん。
「どんな田舎でも商いしてこその商人やとおもっとります。何卒あっしに機会を与えてほしゅうございます」
こいつは本物やな。しゃーない他にやりたそうなやつもおらんからな。
「よっしゃ。そしたらおまいさんは今日から田吉あらため田助や」
「旦那様!ありがとうございます!」
「しっかり励むんやで」
田助を送り込むことで読み書き計算できるやつは依頼達成やな。正直何考えとるんかようわからんやつやったからなぁ。優秀やけど、周りと上手くいかんからあれはここに置いとくわけにもいかん。
自分から左遷志願してくれるんなら渡りに船っちゅうやつや。あとは四条様あたりに声をかければ何人かは送り込めるやろ。医書についても四条様に相談してみるか。
◇
田助
よっしゃ、これで血なまぐさい京とオサラバや。いくら田舎や言うてもすぐに斬りかかられたり、強訴の坊主共に襲われたり、夜な夜な火矢をいかけられたりするよりかはずっとましや。ましてや阿曽沼の若様とやらはなんや不思議な御方らしいからな。前世でそろばん準三級しかもってへんけどまあなんとかなるやろ。
◇
四条邸 四条降永
「なんや葛屋はん、てっきり御用聞きか思いましたわ。で、今日はどないしはったん?」
「それでございますが、医書と読み書き算術のできるものがほしいと阿曽沼様から依頼がございました」
なるほどなぁ。医書はともかく読み書き算術のできるもんとなると商家といえど早々用意はできひんやろな。将来のためにもここは恩をうっておきたいところやけどどないしたもんやろか。
「旦那様、文章博士様がおみえです」
そういえば今日、高辻はんがくるゆうてましたな。
「葛屋よちとまっとって」
そう言い席を外す。
「文章博士はんおまっとさんです」
「いやいや忙しいところ、暇をつくってもろたのはこちらでございます。お目通りできただけでも幸いでございます」
聞けば食うものにも事欠くほど困窮しており、なにかいい伝手がないかと無心にきたと。なんやえらい都合よく読み書きできるのを送り込めそうやわ。
「せやったら、田舎やけど陸奥はどうでっしゃろ?」
「む、陸奥でございますか」
「せや。うちの支流を汲む阿曽沼言う武家があるんやけど、読み書きできるものがほしい言うてましてな。うちもそのうち移ろうかおもてますんや」
「そないに栄えたところでおじゃりまするか」
「あてもあんまりよう知らんでな。ちょうどいま陸奥に行ってる、商家が御用聞きに来てますさかい、話聞かれてはどないでっしゃろ?」
ということで謁見の間に葛屋を招き入れる。
「ほほ葛屋よ、こちらは高辻家の文章博士はんや」
葛屋がひれ伏す。
「お初にお目にかかります、葛屋にございます」
「葛屋はん、これからよろしゅうな」
「ははっ。こちらこそごひいきに願います」
ほほほとあてと高辻はんが笑います。
「葛屋はん、文章博士はんが陸奥の話しを聞きたい言うてはってな。一つお願いできひんやろか」
二つ返事で葛屋が話しを始める。そういえば不思議な薬もありましたな。たしかに元気になるもんでしたわ。沢山できるようなら主上にも献上したいが近衛はんとかに取られても事やさかい慎重にせなあきまへん。
おや話し終わりましたな。
「おお、葛屋はん、次はいつ陸奥にいかはるん?あても一緒に陸奥に行きたいですわ」
「文章博士はんえらい乗り気ですな。」
「まあ食うや食わずの都生活にかじりついてるのもえらいつろうございますので、贅沢は言うてられまへん」
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