第六十八話 横田城は手狭になりました

横田城 阿曽沼孫四郎


 高辻様を上座に、公家衆が座る。


「遠路はるばるこの遠野までお越しいただきまして、誠にお疲れ様にございます」


「高辻文章博士章長と申す。四条様からお話は聞いとります。近年随分と励まれているとか」


 和やかに腹のさぐりあいが始まる。こういうのはしがないサラリーマンでしかなかった自分には辛いな。


「そこの童はそちの子か?」


「はっ、孫四郎でございます」


「葛屋からこの陸奥を随分と盛り立てておると聞いておる」


「滅相もございません」


「孫四郎とやら、そちはいくつかや?」


「六つでございます」


 公家衆が感嘆する。


「なんと、童ではないか。しかし目つきや立ち振舞はいやはや……」


「田舎でございます故、体はともかく気も童のままではおれませぬ故かと」


 そういうものかと納得される。


「阿曽沼殿、随分利発なお子で羨ましいですな」


「いやはやまだまだ未熟ですゆえ」


 そこに小姓がやってくる。


「皆様、お話したいことはまだまだありますが、お疲れでしょうし、どうですかなそろそろ宴でも?」


 なるほど皆様お疲れのようで、宴と聞いて楽しそうな顔をなさる。父上が手を叩き、料理が運ばれる。


「京のような料理をお出しすることは能いませんが、どうぞお召し上がりくださいませ」


 京では獣肉は食べないようなので燻製肉はない。そのかわりに鮭を燻製したものを出す。


「おお、こ、この米は美味いのぅ」


「この米は最近見出したものです」


 公家たちは食べるのに必死で聞いてないな。


「この鮭の燻製も香ばしく、酒によくあいますなぁ」


「鮭は領内の川に上ってきたものです」


「おお、領内で鮭が捕れるのでおじゃるか。よいのぅ。この鯉皮の酢味噌和えもまた美味い」


 とりあえず好評のようだ。随分空腹なのか公家共の箸が止まらないな。


「陸奥は米のろくに獲れぬ厳しい土地と聞いておじゃったが、この遠野は豊かなのじゃな」


「この数年は天に恵まれ、米もよく穫れました」


 母上が高辻様にお酌する。


「この酒もこの米を使っております」


「なるほどの。この酒は芳醇でよいのう」


「京では清み酒というものが有るとか」


「ほほほ、南都や伏見の酒でおじゃるな。しかしあれらはたこうてな……我ら貧乏公家ではようのめへん」


 高辻家は清之に聞くと堂上家だということだがそれでも厳しいのか。一緒に付いてきた地下人共はもっと辛いのだろうな。


 十人も泊まる宿はないのでとりあえず横田城にしばらく滞在させることとした。ちなみに葛屋は毎回近くの民家に銭を払って泊まっている。


 翌朝、公家衆が二日酔いでうめきながら起き上がる。雑穀粥に味噌汁の朝食を食わせ、そのまま休ませておく。明日くらいから遠野の各所を案内する積もりである。



「父上、叔父上、まさか十人も公家衆が来るとは思っておりませんでした」


「そうだな。この数となればこの城も手狭だな。今後もこのような饗応があると考えると、この際城替えしてはどうか」


「それは良いが城替えするとしてどこに移る」


 史実的には鍋倉山に城を作ったわけだが、史実に沿うのが良いかな。


「鍋倉山などは如何でしょうか?」


「ほう、鍋倉山か」


「神童よ、なぜそこが良いのだ?」


 猿ヶ石川に早瀬川と来内川が合流するが、この三つの川を天然の堀にすることができる。またこの横田城下は度々水が越してくるのにくらべあちらはあまり水が越さないことを説明する。


「確かにあちらは水には強いの」


「増えてきた年貢を運ぶのにも都合が良い」


「であれば鍋倉山に城を移すか。守綱、詳細を詰めよ」


「承知!」


 史実では喧々諤々議論になったそうだが、はてさてすんなりいくだろうか。

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