第六一話 医者がいないなら医者を作ればいい

ということで俺たちだけの小さな新年会を開く。


「ところでなぜ宇夫方の叔父上が居られるのだ?」


「おいおい神童殿、お前さんが悪巧みの評定をするってんだ。参加しないわけにはいかんだろう?」


守儀叔父上……まあいいか。


「わしもいるぞ」


げぇっ!父上!なんでここに。


「そんな顔をするな。そなたの考えを聞いておかねば皆をまとめるのが難しいのだ」


それもそうか。各家々への折衝は父上がなさっているから、知っておいていただく必要もあるか。


「気楽にやろうかと思っておりましたが、致し方有りませぬ」


「なに無礼講でよい」


無礼講と言われても俺はともかく他の者は気にしないわけにはいかないんですが。

しょうがないので孫八郎が転生者だと皆に報せるのは後日にするか。しかし父上や母上にはいつか話した方が良いのだろうか?話しをすればこのようにこそこそと転生者で集まってということをせずに済むのだが、どうするのがよいだろうか。とりあえずいまは状況の確認だな。


「まず海の方だが、孫八郎よ帆掛け舟の建造はどうなっておる?」


「概ね順調です。春には進水できそうです」


「操船できる者はおるか?」


「ええ、問題ございません」


何やら随分自信たっぷりに言うのだな。


「ふむそれでは雪が溶けたら観に行くのでよろしく頼む」


「はっ」


船の方はなんとかなるか。観測器具をどうにかせねばな。


「ところで海の上ではどのように自分の位置を知るのだ?」


「象限儀という器械で空の星、太陽あるいは夜でございましたら沈まぬ北斗を見つけて測るのです」


天測というやつか、詳しくはわからぬが孫八郎はもしかして船乗りか何かしておったのだろうか?天測できるなら測量などもできるかな?むりかな?


「孫八郎、地図は作れるか?」


「測量は簡単な天測しかできません」


「よいよい。おおまかでも良いので測量図が得られたならば大いに助けになる」


そういうことならと、了承してくれた。


「孫四郎よ地図で何をするつもりか?」


「父上、精密な地図ができましたら戦で攻めるにせよ守るにせよ動き易くなります。また海路を行く際に正確な地図があれば海の上でも迷わずに済みます」


「よくわからんが、そなたが言うならそうなのだろう。孫八郎よあっておるか?」


「はっ。若様の仰るとおりにございます」


測量ができることの利点はもう一つある。


「それに正確な地図ができるとなれば検地も行われるということで、年貢の取りこぼしが少なくなりまする」


「ほぅなるほどな。税を重くしてもいかんが税逃れを赦すわけにもいかん。孫八郎、人をやる測量できるものを増やせ」


孫八郎がひれ伏す。父上の気が変わらぬうちに測地部と言う旗を左近に揮毫して貰おう。実際測量を始めるのはかなり未来だろうけど。


圃場整備する際のいざこざも減るからそういう意味でも悪くないんだよなぁ。農家毎の水争いだけでなく土地争いも凄惨になるからな。なるべくきっちり測って地籍登録しておいた方が良い。それでもごたごたするもんだけど。


「さてこれで一つまとまった。父上には新年最初の評定で骨を折って頂く。よろしく頼みます。もう一つだが大変喜ばしいことに母上が懐妊された」


皆が頷く。


「無事にお産を果たして頂きたいが、生憎とこの遠野には医者が居らぬ。医者を呼べるほどの銭もまだない」


皆がうなだれる。特に父上と叔父上のうなだれ方はすさまじい。御祖母様は宇夫方の叔父上の産後の肥立ちが悪く亡くなったときく。


「そこでだ医者が居らぬなら誰かが医者になれば良い。医書であればなんとかてにも入れられよう。父上、医書を買うことをお許し願えますか?」


「無論だ。買えるだけ買うがいい。で、医者にはだれがなる?」


俺がなろうかと言おうとした機先を制するように叔父上が口を開く。


「兄上、俺がなろう」


「叔父上……?」


「学の嫌いな守儀、そなたがか?」


「そうだ」


父上が叔父上をじっと見る。


「あいわかった。ではそなたはまず足利学校に行くが良い」


「兄上、忝い。母上の様なことが梢殿に起きぬよう全身全霊で学んでこよう。間に合わぬなら誰か連れて帰ってこよう」


「叔父上ありがとうございます」


たかだか半年足らずでどうにもならんだろうが、叔父上の決意に自然とお礼を述べる。


「よい。これは俺の母上への手向けでもある」


「ところで父上、南蛮には邪気を払う石けんなる物があるそうです。神様から作り方を教わりました故、今年は制作に取りかかりたく存じます」


「なにが必要か?」


「油と灰、それに米や麦の粉だそうです」


本当は苛性ソーダができれば良いんだがこの場では一郎に相談できん。


「油はそなたが作っておったな」


「はっ。それを使って作ろうかと思っております」


「存分に作るがよい。いい話を聞けた。邪魔したな」


話しがまとまったところで父上は満足し、叔父上は決意に溢れた顔で部屋を出て行った。

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