第四十話 結構肉食はされていたようですね
横田城
「お久しぶりにございます」
葛屋が半年ぶりに遠野に訪れる。
「うむ。そなたも息災そうで何よりだ」
「ははっ。殿様と若様のお陰様でございます」
「京の事などいろいろ聞きたいことはあるが……、そろそろ夕餉の刻だな。まずは葛屋殿に馳走しよう」
「ははっありがとうございます」
詳しい話は酒宴でということらしい。まだこの体には酒は厳しいので楽しくないんだよなぁ。まあこういう饗応ではベーコン食えるから良いんだけどさ。
「この田舎では大したものは出せぬが、しっかり食ってくれ」
「はっ。頂きます。してこの塊は何でしょうか?」
「おおこれか、これは獣肉の燻製だ」
「獣肉のくんせい?」
「おお、そういえば葛屋は京の商人だったな。このような獣肉は食わぬか」
「いえ、せっかくですのでありがたく頂戴いたします」
今日は正式な饗応ではないので父上、母上と俺、葛屋にあと清之の五人だけだ。
葛屋が小刀でベーコンを切り口に入れる。最初はおっかなびっくりであったが噛む度に破顔していく。
「おお、これは大変美味いものですな。獣肉は臭いと聞いておりましたがこうやって食べると臭みも気になりませんな」
「どうだ。これは京で売れるか?」
「……薬食いというものはございますが、獣肉は嫌われておりますゆえ難しいかと存じます」
「鳥の肉ならどうか?」
「公家の御方なども隠れて召し上がっているようです」
ハハハッと皆笑う。この時代は物忌みが厳しくなってきているようだが、所詮食料に困らない者共の戯言。我々は出家しているわけでもなし、そもそも農業だけでは食っていけないから肉食に抵抗はない。むしろ積極的なくらいだ。
「なあ葛屋」
「若様、如何なさいましたか?」
「鶏をコチラにつれてこれないか?」
葛屋はニヤリと口を歪ませる。
「鶏は何とかいたしましょう。ところで殿様、四条様からこのような文を預かって参りました」
ふと、思い出したように葛屋が懐から文を出す。
父上が四条様からの文を読む。驚いたような顔をした後、むちゃくちゃ難しい顔したぞ。何が書かれていたんだ?
「父上、私も読んでよろしいですか」
無言でコチラに渡してくる。
なになに、遠野阿曽沼と四条権大納言様が同祖であると。たしか清之に藤原家の血筋と聞いたな。しかし権大納言様とは思わなんだ。羽林家で摂関家や清華家、大臣家には劣るがそれでもなかなかな家格である。
続きには、これか。できれば四条家の者を何人か避難させたいとの内容が書かれている。正直、公家につながりを持てるのは大変ありがたいのだが、公家を避難させられる程の余裕はまだない。四条様を受け入れるとなると四条様だけでは済まないことは想像に難くないし。
清之に渡すと、同じように難しい顔になった。
「父上?」
「うむ。繋がりを持てることは良いことだ。しかしだ」
「殿、これはなかなかの一大事でございます。評定でお決めになられたほうが良いかと」
「そうだな。葛屋よ、文はたしかに承知した。評定で決まったら返事を認める故、しばし待っていてくれんか」
「もちろんにございます」
重い空気を振り払うように葛屋が話しかける。
「そうそう、皆様にお土産をお持ちしております。まずはこちら……」
「まぁ素敵!」
母上が感嘆する。なるほど見事な蒔絵漆器だ。それに反物も。かなり上等の絹だ。母上が途端に上機嫌となる。
続いて明や京の書物が出てくる。一冊は農蚕輯要(のうさんしゅうよう)と書かれている。明の農書か?パラパラとめくると元とか書いてる……うむ漢文は難しいな。
「ほぉぉ、これは元、蒙古の農書か」
「お気に入りませんでしたか?」
「いや、こんな貴重な書物を持ってきてくれて大変ありがたい」
そういえば元は蒙古だからして評価が低いのだったな。まあ俺には関係ないし何よりこいつは畜産や漁業も書かれているようで大変参考になる。
「お褒めいただき恐悦です。それとぽたてと言う芋はまだ見つかりませんが、代わりに里の芋を持ってまいりました」
おお里芋が手に入った!これで芋煮論争ができるな。蒟蒻とかネギを作らせねば。
「あとは外においておりますが、桑の苗木ももってきております」
よしよし。桑の実は食えるし数年経って大きくなったら蚕を育てられるし。たいへん助かる。その頃には海路も得られていることだろうから交易もしやすくなっているだろう。
「若様のそのお喜びが何よりの褒美でございますな」
にこにこの父上が真面目な顔になり葛屋に問う。
「のう葛屋、最近の畿内の様子はどうなっておる?」
「畿内は大きな戦はありませんが魑魅魍魎が跋扈しております。先日は興福寺の僧兵が騒いでおりますし、播磨国では旱魃で多数の者が死んだと聞いております」
「早く京も落ち着いてほしいものじゃな」
「全くでございます」
「葛屋、そなたも四条様共々、ここにに落ち延びぬか?」
葛屋は驚いた表情をするが、
「私などにお気遣い戴き恐縮にございます。ただ私は商人でありますれば京の店を畳むわけにはいきませぬ。ただ妻子はお願い申し上げるやもしれませぬ」
葛屋の言葉に父上は理解を示し、今日の夕餉は終いとなった。
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