第廿四話 熊の毛皮って着心地どうなんでしょうか

 少し時間は戻って横田城 阿曽沼孫四郎


 今日は青笹の奥へ狩りに行く。

 皆だいぶ肉の味に慣れ親しんだようで数日と空けず山狩りに来るようになった。おかげで横田城周辺の山には獣が居なくなってしまったので今日は少し足を伸ばして土渕まで来たわけだ。この先笛吹峠を越えれば大槌領である。


 一部の者は毛皮を着込んでいる。俺と父上、そしてなぜか付いてきた雪には白い兎の襟付きだ。頭にはロシア帽のような防寒帽をかぶり、足にはファー付きのブーツだ。


「若様考案のこの毛皮の羽織と筒袴は大変暖かいですな」


「うむ。この武撃突(ぶうつ)という沓も温かく、力を込めやすくて大変良いぞ。蒸れるのはちと困るが」


「だいぶ革が得られたので服や雪ぐつにしてみたのです」


「これなら冬の戦も楽ですな」


「ねーねー、若様ー。どうですー?」


「よく似合っててかわいいぞ」


 三歳児がはしゃいでいるんだからかわいいに決まっている。


 郷の若衆の多くも参加する。肉もそうだが、獲物を沢山捕らえた組に毛皮の服を与えるようにしたので防寒着も目当てになっている。おかげでだいぶ塩漬け肉が溜まってきた。いま弥太郎が大型の燻製炉をこしらえている。クズ肉や血などをきれいに洗った腸に詰め込んで燻製すれば立派なソーセージになる。たぶん。


「ヨシ! これから狩りを始めるぞ! 皆準備は良いか!?」


「あんたたち! なんとしてでも一番になって私達の冬着をもらうのよー!」


 父上の言葉に続いて村の女どもが男衆に発破をかける。


「まかせろー!」


 男衆が大声で応える。


ドーンドーンドーン!


 太鼓をならす。狩り開始の合図だ。一斉に山に入る。30人小隊3つ、90人での山狩りだ。小隊はさらに10人ずつの分隊となり、最小構成は3人でつくる班となる。

 少ない員数で効率的な狩りをするため自然とそうなった。さらに指揮系統の統一と指揮の効率化のため階級を検討中である。

 指揮の上手いものはどんどん取り立てていけばいいだろう。そもそも遠野なんて武士と百姓の差なんて殆どない。女や老人達のうち、読み書きできるものはその場で青空教室をさせる。黒板はともかくチョークは漆喰を使うのでだめだ。とりあえず地面に文字を書かせて読み方を教える程度だ。本格的な教育はもう少し富んで学校を整備できるようになってからだ。


 そんなこんなでそろそろ日が傾いて来たので、狩りを引き上げようとしていたら、山から声が聞こえる。おやすごい速さで山を駆け下りてくる者がおるな。あれ世界記録更新してそう。


「……くれー!」


 くれ?助けてくれ、か?


「おやどうやら山伏が熊に追われておるようですな」


「見捨てるのも良くないな」


「止めは俺が獲ってやろう。滑車弓隊前へ!熊をひるませろ!」


 宇夫方の叔父が愛馬、黒王にまたがる。こいつやたら馬格がでかいのよな。


「よぉし、黒王、あんな熊ごとき屠ってやろうぞ」


「ぶるる!」


 ダカカッ!大槍を携えた叔父上を載せた黒王が猛スピードで駆けていく。矢はあたっているようだが硬い毛に阻まれてダメージにはなっていない。とはいえ突然の矢に怯んだ様子で立ち上がったところを叔父上の大槍が一閃し、頭と泣き別れになった首が鮮血を吹き上がらせ、仁王立ちのまま事切れる。


「守儀!見事!」


 槍に熊の首を掲げ凱旋する。うむまさにあっぱれだ。


「おおこれは山伏の……左近殿では無いか。熊に追い回されるとは情けない」


 いやいや叔父上、熊のような大男のあんたと同じにしちゃいかんでしょ。


「守儀叔父上、そう言ってはかわいそうというものですよ。」


 がはは。とわらう。


「神童殿は甘いな。」


 いや、叔父上が厳しすぎると思うが……。


「そうでしょうか?こうやって熊を仕留めやすいところにおびき出してくれたのですから」


 父上が大仰に頷きながら、


「孫四郎の言うことも尤もだ。当家一の剛の者である守儀、そなたと同じ扱いしてはかわいそうというものだわい。がはは!」


 左近はまだ息が整っていない。ヒューヒューとちょっとやばい音してるけど隣に白湯を置いて落ち着くのを待つしか無い。


「よいか、そなたらこれが釣り野伏という戦法よ。わざと逃げて敵を有利な土地に引き込むという奴だ」


 おおーなるほどさすがは山伏殿、戦の心得もあったか。などと声が聞こえる。ようやく息が落ち着き、白湯を一口飲んだ左近が姿勢を正す。


「左近、ただいま戻りましてございます。危ないところお助けいただき誠にかたじけなく存じます」


「うむ、良く戻った。熊をおびき出したのも大変よかったぞ。詳しい話は後でな。いまは熊鍋でも楽しもう」

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