第廿三話 大槌はきな臭い
狐崎(釜石) 左近
二日間逗留させて貰い、大槌に足を向ける。
「お世話になりました」
「達者でな」
ゆっくり歩いても夕方には着くが師走に近いこの時期、海風の冷たさが骨身にしみるので急いで大槌を目指す。両石と言う小さな漁村、海鵜が沢山飛び交う鵜住居(うのすまい)をぬけ、海岸沿いの急峻な道を進めば大槌である。
崖の道を抜けると正面に大槌城とその城下が広がる。大槌川と小槌川に挟まれた山に築かれた要害である。南部守行をして難攻不落の城であったので、若様が如何に神童であろうと一筋縄ではいかないだろう。
日が陰り始めて風がより一層骨身に染みる。とりあえず夜風を凌ぐため、城のすぐそばにある小槌神社に逗留させて頂く。
「大したものもお出しできませぬが、ゆっくりなされよ」
「こうして風をしのげる場をお貸し頂けるだけでありがたく存じます」
「どちらから来られた?」
この時代は外からの情報がなかなか手に入らない。このためどこに行っても色々聞かれる。代わりにこの土地の情報を得られるのでそう悪いことでも無いが。
釜石同様今年は魚に恵まれ、狭い土地ながら米や雑穀などもそれなりに採れたので、多くのものが今年の冬を越せそうだと言う。
とはいえ今年の遠野の賑わいを聞いて逆恨みをしている者も少なくないと。ここを治める大槌孫三郎様や釜石を守る狐崎玄蕃様もその中に含まれるという。なんとなれば奪いに行くかという噂も聴こえてくるという。
「神主様、いつまで戦が続くのでしょう?」
「さてのぅ……。人に欲というものが有る限り、戦が無くなることもなかろうて」
「人の欲とはなくせるものなのでしょうか?」
「無理でありましょうな。お釈迦様は欲を捨てよと仰ったものの、欲というものがあればこそ世が廻るというものでもありますからな」
この世のいろいろなものを見たいがために山伏となった身からすれば、欲それ自体は悪いものでは無いだろう。過ぎたる欲で身を滅ぼした者も数多かったが。
遠野への土産に大槌の干物をいくらか詰め込む。
「お世話になりました」
「道中気を付けてな」
一度鵜住居(うのすまい)にもどり、笛吹峠を目指す。笛吹峠はずいぶんと険しい山道だ。山や谷が険しいので海風とはまた違う冷たい風が吹いてこれも身体に応える。真冬になれば道は凍ってしまうこともあるとかないとか。
ところで某はいまその危険な笛吹峠を全力で駆け下りている。なぜかって?熊に追われているのだぁぁぁぁぁ!高下駄を当ててひるませた隙に駆け出し、追いつかれるたびに錫杖で鼻っ面をしばいているというのになぜこうも諦めんじゃああ!
気がつけば沢が小川になり開けた土地が見える。なんか人が沢山居る!助けを求めよう!
「おおーい!助けてくれー!」
なんだか子供と武将のような者がいるぞ!狩りか!なんでもいい助けてくれ!
「お、清之、人が駆けてくるぞ」
「後ろには熊がおりますな。今日は熊鍋ぞ!者共かかれぇ!」
清之が法螺貝を鳴らすや雄叫びをあげ槍と弓をつがえた兵が駆けてくる!助かった!
ぐおおおおおおお!
後ろで大熊が負けず雄叫びあげ、前脚を振り上げる。あ、儂死んだか。
ドスッ!ドスドスドス!
腹に一発、続いて複数の矢があたり、ひるんだところで槍が首をはねる。
「ふふふ。見事仕留めてやったぜ。っと、これは山伏の……左近殿では無いか。熊ごときに追い回されるとは情けない」
ゼハーゼハー
「宇夫方の叔父上、そう言ってはかわいそうというものでしょう」
カハッゴホッヒュー
「神童殿は甘いな」
「そうでしょうか?こうやって熊を仕留めやすいところにおびき出してくれたのですからそれで良いのでは?」
「そうだ守儀よ。孫四郎の言うことも尤もだな。当家一の剛の者であるそなたと比べるのは辛かろう」
ハーハー……すぅ……はぁ……。と、殿様お言葉ですが、槍も無いのにどうしろというので……。ふぅ……
息が整ってきたので相対し、ひれ伏す。
「左近、ただいま戻りましてございます。危ないところお助けいただき誠にかたじけなく存じます」
※遠野から大槌への最短ルートは笛吹峠を超える大槌街道。江戸時代に遠野物語で語られるよう、山男山女が出るとのことで敬遠され一時期界木峠(さかいぎとうげ)が主要ルートになったが、明治時代に道路が整備されると再びこちらが遠野と大槌・釜石とを結ぶメインルートとなった。
なお仙人峠道路が開通した後は遠野と太平洋を結ぶメインルートは仙人峠を通る釜石街道となり、ここにに釜石線と釜石自動車道が通っている。
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