第廿話 麦踏み競争を行います

横田城 霜月某日、評定の間 浜田三河守清之


「他に議題はあるか?」


「申し訳ありませぬ。某より一つございます」


「浜田殿。如何なされた?」


「はっ。先日、若様より大槌めを攻められぬかと」


 殿はもちろん、皆が息を呑む。


「若様が?」


「城を落とすのは難題だぞ?」


「いやしかし、積年の恨みもありますしなぁ」


 にわかにざわめき立ったところを進行役の鱒沢守綱が制す。落ち着いたところで、若様より預かった書を使い詳しく説明をしていく。


「皆の言うとおり、恨みもある。……しかし、落とせるのか?」


 若様考案の滑車弓、あれはだいぶ扱いに慣れ数もそろってきたが弓では城は落とせない。城を落とさねば戦は終わらない。若様は攻城砲なるものを用意できればなんとかなるとお考えのようだが……。


「若様が仰るには次の秋以降であればなんとかなるとのことでございます」


「あやつのことだ何かしら奇策を講じるのであろう。よし、孫四郎の言う準備とやらができ次第、大槌めに攻め入るぞ! 者共ゆめゆめ鍛錬を怠らぬようにな!」


 殿のお言葉に歓声が湧き上がる。もちろん儂の血もたぎるというものだ。やはり武士の本懐は戦よ。田畑を耕すのも良いが、戦場を駆け首級をあげるのが武士の悦びである。



金ヶ沢 阿曽沼孫四郎


 神無月の初めに播種した麦はだいぶ伸びてきた。そろそろ麦踏み代わりのローラー転圧を行う。これは鍛錬にも為るから皆にやらせよう。そうだな、一番早く牽けたものに米1俵与えるようにするか。


「と言うわけで、麦踏み競争を行う。1番速いものに米1俵与える故、精進せよ!」


 変わったことをすると思ったらまた若様の思いつきか、とか米1俵は俺のもんだとか方々で声が上がる。なぜか父上も選手として準備しているが……。


「殿には負けませんぞ!」


「手を抜いたらそなたら打ち首ぞ」


 父上、そんな気軽に首を切らないでください。しかし接待になってはつまらんから俺からも申し添えよう。


「父上の仰るように、父上だからとわざと負けた場合はゆるさんからな」


 選手を見回る。


「お、箕介、貴様も出るのか」


「はい。おかげさんで飯をしっかり食わせて頂いて、力が付いてきましたから!」


 山歩きや紙の持ち運びなどで鍛えられてきては居るが、まだほかの者よりは痩せている。無理はしないように言いつけ、他を見ていく。一人だけかわった運動してる奴がおるので声をかける。


「そなた、面白い運動をしておるな」


「はっ!筋を温めておけば誰にも負けませぬ故」


 よく見ると周りのものより一回り筋肉が大きい。


「おぬし、すごい筋肉だな」


「はい! 鍛えてますから!」


「ちなみにどんな鍛錬なのだ?」


「毎日丸太を担ぎ上げたり、担いだまま膝を曲げたり伸ばしたり、滝行なんぞもおすすめでございます! さらには肉を食らったほうが良いと思い、時折山で狩りをしております!」


 転生者では無さそうだがこんなやつもいるもんなんだな。山で狩りをしているのは今後使えるかもしれんな。


「そうだ! 若様! お願いがございます!」


「なんだ?」


「はっ! 実は某、元々山伏なのですが、肉を食らったが為に追い出されまして、行く宛が無いのです。なので勝った暁には俺を召し抱えていただけないかと思いまして」


 申し訳なさそうに元山伏が言う。


「……まあ良いだろう。もしそなたが勝ったならば考えてやろう」


 山伏のくせに肉を食ったのか……。大丈夫かなこいつと思っていると、おっしゃー!仕官が決まったぞー!とか気の早いことを叫んでいる。


 一通り見て回り皆の士気も高まったところで開会の宣言をする。


「それでは、これより第1回麦踏み競争を行う。決まり事は畑の端まで重りを牽いて帰ってくる。これだけだ。不正あるいは端まで牽けていない場合は失格となるので気をつけるように」


 清之が掲げた旗を振り下ろす。と同時に皆一斉に駆け出……せてはいないがスタートする。みなどすどす、ごろごろ進んでいく。おかげでしっかり麦踏みがなされている。これを何度か繰り返すことで株分けが進んで収穫量が増えるはずだ。麦踏みは地味に大変な作業なのでこういうイベントにするのが良いだろう。麦畑が増えたら予選会もやろうかね。


 今のところ先頭は宇夫方の叔父上か。結構なペースだな。その次はあの筋肉山伏か。父上は……今のところ四番手か。


 周りから応援や歓声などがやんややんやしている。おっと四分の三を過ぎたところで山伏がすごいスパートをかける。負けずと宇夫方の叔父上がスパートをかけるがクビ差で山伏の勝利だ。箕介は残念ながら僅差で最下位であった。まあ曳ききっただけ力はついたようなのでヨシ!


「そなたやるのぅ。宇夫方の叔父上もかなりの膂力なんだがそれ以上か。名は何という?」


「左近と申しまする」


「約束通り、米はやるし召し抱えよう。飛び抜けた才を見せたものは召し抱える故、皆も励むように」


 おおおお!っと会場がどよめく。次は俺が優勝してみせる!などと嘯くものもいる。さてみな腹が減っておるのでさくっと表彰した後は飯だ。大根に味噌と猪肉を入れて、あわ餅を付ける。里芋はまだ手に入れていないので芋煮じゃ無いが温かい飯で腹を満たすと笑顔が溢れる。



注釈:

東北地方への里芋の伝播は江戸時代初期頃とされています。戦国時代の東北地方に里芋がなかったようなので芋煮会は今のところできません。

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